2009年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年10月

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鳩山首相の国連スピーチ

ちょっと時間が経ってしまったのだが、やっぱり突っ込みたくなったので書いてしまいます。
鳩山首相の国連での演説。
ざっとみたところ、国際社会からの反応もよく、国内からの評価も高いようす。

が、どうしてもひとつ突っ込みたいところ。
Japan will make utmost efforts to become a 'bridge' for the world, between the Orient and the Occident, between developed and developing countries and between diverse civilizations,

日本の政治家が大好きな「架け橋」論。
いいと思うんですけどね、コンセプトは。
古いけど。
しかし、一番気になるのは、オリエントとオキシデントってところである。
オリエントも、オキシデントも、久しぶりに聞きました。
こんな言葉、いまだに使うんだ~とびっくりした。

ちなみにアジアのことを、オリエント、という人は最近ではほとんどいません。
私が会社員時代に経理のおっさん(65歳くらいだったと思う)が、「君らオリエンタルは・・・」みたいな話をしたときに、システム担当の20代白人男子が、「オリエンタルっていう言葉は、絨毯とか壷を指す言葉。人をオリエンタルと呼ぶのは失礼だ!」と怒っていたのを思い出してしまった。
ちなみに、私としては、「いや、でも差別的な意味合いはないんだから、いいんじゃないの?」と言った覚えがあります。

ネガティブな意味合いはないのです。
でも、古いよね。
誰が書いたのだろう、あのスピーチ。
ま、内容が評価されたのであればいいと思うのですが。

それにしても、気になる温室効果ガス削減問題。
25%なんて、大きな風呂敷広げちゃって大丈夫か。


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| 時事 | 13:48 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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記者クラブ開放?

しつこいようだが、Tumblr。
なぜはまっているかというと、日本の情報を仕入れるのに、とても使いやすい。
しかも、どうやら同じようなことに興味があるらしい、という人を見つけやすいので、彼らがスクラップしているものを(reblogというのですが)、追いかけると、いろんなことがわかるのです。
ま、そうはいっても、遠くに住んでいるので、リアルな温度でわかっているかどうかは微妙。
が、重宝しています。

で、前置きが長くなったけど、今日、どっひゃーとなったのは、岡田外相が、記者会見を記者クラブ以外にも開放するって発表したニュース
民主党が、選挙前に、記者クラブを開放するという意向を示していたのに、大手マスコミからの圧力でどうやら雲行きが怪しいらしい、という話だったので、なんと画期的な!と驚いたのでありました。

アメリカでは、2004年の大統領選挙が「ブロガーの選挙」と言われ、ブロガーがジャーナリストとして認知されるようになった。
日本でそれがなかなか進まなかったひとつの理由は、この記者クラブにあったわけです。
そして、記者クラブ開放問題は、大手のメディアはほとんど触れていないらしい。

今回の日本の選挙は、「マスコミ誘導型」などと言われているが、みんなが同じ情報源をもとに、同じ情報を流している、という状態の恐ろしさを感じる。
そして、その状態って、新聞離れ、テレビ離れが指摘される今の状態とも無関係ではないと思う。
そもそもジャーナリズムの存在意義は、民衆に情報を与えることなわけで、マスコミが同じ情報を流していたら、そりゃマスコミ離れも進むわけです。
ってことを、どうしてわからないのだろう、マスコミのトップのみなさんは。

が、そんな状態も、少しずつ変わりつつあるということか。
どうなんだろう、ほんとのところは。
なんせ遠くにいるので、「ほんとのところ」がよくわからない。
誰か教えてください、ほんとのところ。


| メディア | 04:53 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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なぜあのアホのことがいまだに気になるのか

ブッシュの元スピーチライターMatt Latimerが、回想録を書いたらしい。
アメリカ版GQがその一部を入手し、それがネットで軽く話題になっている。
ニューヨーク・マガジンが出したダイジェスト版もある。
ついつい真剣に読んでしまった。

でも驚くべきことはほとんどない。
たとえば、ブッシュはジョークが好き(一例:“If bullshit was currency, Joe Biden would be a billionaire.”)。
たとえば、ブッシュは、自分の景気対策を理解していなかった。
まあ意外なところといえば、サラ・ペイリンが国政に打って出るような人物でないことくらいは、ブッシュにもわかっていたらしい、ということくらい。

というわけで、真剣に読んだわりには、徒労感だけが残った。
暇だな、と思われてしまいそうだが、そこまで暇じゃないです、はい。

なんだろ、これ。
なんであのアホ大統領のことがいまだに気になるのか。
と考えてみたところ、オバマ政権の“変革”が思うように進んでいないために、格段にあほだった前任者のことを考えると、妙にほっとするからではないかという結論に至った。

そして本当にもっと真剣に考えるべきは、なぜオバマの変革が思うほどうまく進んでいないか、という問題である。
特に健康保険問題なんて、オバマ支持層にも、オバマ離れをする人口が多かったりして、見ていて、あれれ?どうなってるんだ、という感じである。

ニューヨーク・タイムズのコラムニストが、その問題を、TwitterやFacebookというメディアの見地から書いていて、なるほどな、と思った。
この手の新しいメディアは、「オバマを選出する」というシンプルなゴールを達成するには、ものすごく有効だった。
が、健康保険改革のように、伝えたいことがちょっと複雑になると、急に効果を失う。
ところが、反対勢力(共和党)が伝えようとしているメッセージは、「オバマ許せん」という単純なメッセージ。
だから、TwitterやFacebookも効果がある、というお話である。
納得。

というわけで、大統領選を勝つのには役立ったメディアに刺されてしまったオバマ。
先日、古いインタビューテープを整理しているときに、あるフォトグラファーの言葉に、こういうのがあった。
"Your idea is bigger than your media"
伝えたいことが大事で、それを伝えるために使うメディアはなんだっていいんだよ、っていう話なので、改めて聞いたときに、こいつ、うまいこと言うな~と思っていたところだった。
が、政治の世界では、現実はもうちょっと厳しいらしい。
アイディアも、メディアも重要なのである。


| メディア | 05:26 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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金融危機から1年

最近、Tumblrにはまりぎみ。
同じようなことを考えていたり、同じようなものに惹かれたり、そんな人が発信しているものを見るとなんか安心する。
絶対イヤだと思っていたtwitterもTumblrと併用で始めてみた。
ブログに書くほどでもない、というようなことが、意外とあることに気がついた。

さて。
ニューヨークはファッションウィークまっさかりである。
私の場合は、どこの媒体に書く、ということはないけれど、普段から付き合いのあるメンズのデザイナーのショーだけ限定的に見ている。
夏、自然のなかで過ごすことが多かったので、気分はすっかりアンチ・ファッションだったのだけれど、アナ・ウィンターさまが体を張って「fashion night out」を盛り上げようとしている姿とか、トム・ブラウンの「体張ってんなー」と思わせるコレクションを見たら、ファッションだって(やり方によっては)アートなんだった、と改めて思い、久しぶりに買い物したりしてしまった。

と、前置きが長くなったけれど、15日で、リーマンさようならデーから1周年である。
リーマンが破綻したときは、コヨーテの企画のために、アメリカ一周の旅に出ていた。
そのとき、ウォールストリートと、アメリカの大部分の間の距離感を考えて、この人たちはウォールストリートから何の恩恵も受けていないのに、金融危機の影響はがっつり受けてしまうんだろうなと思ってぞっとしたけれど、まさに今そんな感じ。
ウォールストリートの大手がいつの間にやら黒字に転換している間に、失業率はしっかり10%近くまで上がってしまった。
こうやって貧富の差は拡大していくのですね。
一時は、あれだけ腹を立てていた国民も、喉元過ぎれば、という感じで、金融業界の規制もあんまり進んでいない。
サブプライムのローンを証券化してバブル崩壊に加担した金融業界が、今、生命保険を証券化してがっつり儲けているという話を読んで、ほんとに心からげんなり。
人間って、反省しない生き物である。

と、また話がそれたけれど、9月にまた金融業界で一波乱あるのでは、という話がまことしやかに囁かれている。
ニューヨークで何かイヤなことが起きるのは、いつも9月である。
ニューヨークが一番美しい季節なのだけれど。
9月もあと半月。
ウォールストリートで波乱が起きると、一瞬、ざまあみろ、と思ってしまうのだが、一番イヤな影響を受けるのは、一番末端の人たち。
そして、最終的に、金融マンたちは涼しい顔でボーナスをもらったりするわけです。
そう思うと、何も起きませんようにと思わざるをえない。
何も起きませんように。

| 時事 | 03:51 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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村上龍氏の寄稿文

ご無沙汰しました。
しばらくすっかり低調で、仕事をこなすだけで精一杯でした。
こういう時期って、なんでしょうかね。

おととい、村上龍さんがNYタイムズに寄せた文章が話題になっているようですね。
タイトルは訳すと「日本、成長する」みたいな感じか。
ネットで見ていると、いろんな方が訳しているようである。

海外のメディアを見ていると、民主党の勝利をどう見るべきか決めかねているような印象を受ける。
日本の文化人がこうやってどんどん意見を発信するのは、とてもうれしい。
だって、やっぱり海外メディアの報道って、なんかちょっとずつずれているような気がするし。
あ、ずれてるのは日本のマスコミも一緒か。

ちなみにこれは、エコノミストの表紙。
フォトグラファーの川崎詩織ちゃんが送ってくれた。


エコノミストの見出しだと、日本は「変わった」ことになっている。
村上龍氏の文章だと、日本人はこれで何かが変わるわけではないことをわかっている、ということになっている。
モノは見方である。
確かに政権は変わったのだけれど、これが何を意味するのか、普通の人たちは期待していないような気がする。
それでも、選挙直後の報道をネットで見ていたら、なんだかフィクションの革命を見ているような気になったのはなぜだろう?

最近、アメリカの医療改革の議論を見ていて、「Opposition for opposition sake」という言葉をちらちら耳にする。
反対するためだけに、反対する野党勢力(この場合は共和党)のことを表現するときに使われる言葉である。
要は、日本の民主党も、今まではこんな状態だったわけです。
それが、与党になってしまった。
反対するためだけに存在した勢力が、そこから脱皮したと思えば、村上龍さんの言うように「大人になった」ということなのかもしれません。

| 不思議の国ニッポン | 10:34 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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「鳩山論文」とアメリカの社会主義アレルギー

うちに立ち寄った友人M(アメリカ人、女子、大学の先生)が、「日本の選挙の結果、どう思う?」というので、話題になっている、ニューヨーク・タイムズに掲載された「鳩山論文」を一緒に読んでみた。
これ、出張中だったので、リアルタイムで読みそびれちゃったのだが、もしかするとものすごいニュースではないですか。

どういう流れで、これが「寄稿」という形で掲載されることになったのか、諸説あるようだし、きちんと訳されているか、などの疑問はあるようですが、まあそれはさておき、

In the post-Cold War period, Japan has been continually buffeted by the winds of market fundamentalism in a U.S.-led movement that is more usually called globalization.
In the fundamentalist pursuit of capitalism people are treated not as an end but as a means. Consequently, human dignity is lost.

という最初の3文を読んで、拍手する友人。
「よく言った!だってそのとおりじゃん!」
と大喜びである。

確かに。
あの論文をうけて、オバマ政権は相当あわてた、という内容の記事も、今日の一面に(!)出たし、ここだけ読むと、よく言った!と言いたくなりますね、確かに。

が。
どうせ言うなら、胸を張って、言ったことに責任をもってほしいものである。
いろいろきなくさいことがあるのかもしれない。
確かに寄稿してないのかもしれない。
でも、「寄稿してない」とか言ってる姿は、潔くない。
そして、日本語で発表したものは海外に出ないという時代はもうとっくに終わってしまったのだということを、わかっていなかったのだとしたら、残念。

ちなみに、あれを読んで、「やるじゃん、日本」と思ったアメリカ人は少なくないと思う。
全体的な内容はともかくとして、言いたいこと言ったじゃん、という点で。
友人のMは、オバマの健康保険改革案を「社会主義だ」と騒いでいる右派のみなさんが、「鳩山論文」を読んで、「日本は社会主義になる!」と慌てるところを想像すると笑える、と言っていた。
過去の資本主義のあり方を批判すること=社会主義、みたいな雰囲気が漂っているから。
そのアレルギー的反応があまりに過敏で、なんだか滑稽なのである。
人間は、考えにラベルを張るのが本当に好きなようす。
オバマを「社会主義」と呼ぶのも、あの論文を「反米」と呼ぶのも、その例だという気がする。

それにしても、これからどこへ行くんだろう?

| 時事 | 14:54 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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「死の夏」とテッド・ケネディ

休みをとったり、出張に出たりするうちに、8月が終わってしまった。
NYにいた時間は10日弱。
でも、まったく恋しくならなかった。
だんだんNYと私の関係が冷めてきているような気がします。

さて。
先日の出張の最中にテッド・ケネディが亡くなった。
そして、今週、DJ AMが遺体で発見された。
ニューヨーク誌が、2009年「死の夏」と題した記事を発表したのが、8月21日。
この2人が亡くなる前である。
有名無名にかかわらず、人は毎日死んでいるわけで、だからなんだ、という気もするが、ここまで続くと驚きである。

テッド・ケネディが亡くなってから、テレビやネットで彼の追悼モノに夢中になっていた。
ちょっと前に、RFKのことを書いたりしていたこともあるし、彼がライフワークにしていた医療改革のことを原稿でとりあげたりしていたところだったこともあって。
そして、なぜアメリカ人はテッド・ケネディをあんなに好きだったんだろう、と考えてみた。
お金持ちの、しかもイケメンの息子(いや、若い頃は相当素敵だったんですよ)が、恵まれない層のためにがんばっている、という構図である。
嘘くさくなったり、偽善的になっても不思議はないのに。
特別番組をみたりするうちに、それは、テッド・ケネディの人生が、普通の人が平均的に経験する人生より、かなり辛そうに見えたからではないか、という気がしてきた。
暗殺された兄2人はあまりに有名だけれども、兄を一人戦争で、姉を一人飛行機事故で亡くしているし、息子の一人は、病気で足を切断している。
あともうひとつは、ケネディ家の男たちに共通していえる「完璧でないところ(つまりダメなところ)」かもしれない。
女癖は悪そうだし、スキャンダルもたびたびあった。
(特に、女性と一緒に運転していて車ごと池に落ち、女性を死なせてしまった挙げ句、すぐに警察に行かなかった、というスキャンダルがなかったら、大統領になってただろうに、と言われている)
アメリカ人が、ビル・クリントンを大好きなのと、ちょっと似ているような気がします。
と、ケネディの話にそれてしまったけれど、ケネディが亡くなった、と知ったとき、このタイミングって、医療改革には不吉なのではないかと思ったが、「テッドの意志を告げ」と盛り上がっているもよう。
これからどう転ぶか、楽しみです。

下のはRFKのお葬式でのテッドのスピーチのビデオ。

長いけど、ちなみに一番もりあがるのは最後のところ。
興味のある人はどうぞ。



| 時事 | 08:50 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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