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racial profilingとジャパ専問題

この間、ちらりと書いたハーバード大学の黒人の教授(ヘンリー・ルイス・ゲイツ教授)が、自宅なのに強盗と間違えられて逮捕された事件は、その後も尾をひいていて、やっぱり人種問題は、この国の抱える一番大きい痛みなのかなと思ったりする。

あまりにこの件についての報道やコラムが多いので、逐一読んでいるわけではないのだが、カギは、「黒人だったから逮捕されてしまったのかどうか」という点で、またもや「racial profiling」という言葉をよく見かけるようになった。
アルクの辞書にはこう書いてある。
「人種的分析{じんしゅ てき ぶんせき}◆犯罪捜査に際して、容疑者像の絞り込みに人種的要素を加味すること」
つまり、黒人、ヒスパニックだから、悪いことをしているに違いないとか、アラブ系だから、反米思想を持っているに違いないとか、そういうことである。
昔から黒人は圧倒的に、「racial profiling」の対象になってきた。
ヒスパニックもターゲットになりがちだし、911以降は、アラブ系の外見の人たちがターゲットになるようになったりして。
そう思うと、アジア人の女性である自分は基本的にノーマークなわけである。

こんな問題について考えているうちに、はて、なんか似たようなことないか、なんて思ってしまった。
それは、最近、とみに私の周りの日本女子の間で話題になっている「ジャパ専/アジ専」問題である。

ニューヨークで(またはアメリカで)シングル女性をやっていると、「ジャパ専/アジ専」と遭遇することがある。
バーとかで、どこからともなくあらわれて「コンニチワ!」とかいう類の輩である。
さらに、日本文化を理解していると思っている男が多いのでタチが悪い。
英語では、「Japanese only」 「Asian only」と呼んでいます。
(もちろん、アジア人女性とつき合っていて、このカテゴリーに入らない男もたくさんいるけど)

こういう男たちをきもいと思ってしまうのは、間違いなんだろうか、とずっと思ってきた。
しかも、この手の男子を、非アジア人男性の前でこきおろすと、必ず反撃にあうのです。
「そんな浅い男にひっかかる女も悪い!」
「日本人女子にも、アジア人女子にも、いるだろーが、白人としかデートしないやつらが!」
ということになってしまうのである。

そういう反撃にあうたびに、なんか納得いかない気持ちをもちながらも、うまい反論が出てこなかったために、まあ、そりゃあそーなんですけどね、なんてもごもご言っていたのだが、こりゃあもしかして、「racial profiling」と一緒じゃないか、ということに気がついた。
ジャパ専、アジ専の男子が選びがちな女の子には、タイプがある。
とにかくにこにこしていて、口数は少なく、男の横でひたすら相づちをうったりするようなタイプである。
ってことは、これだって一種の人種のステレオタイプではないですか。
そう思ったら、ジャパ専、アジ専を、間違ってる、と思ってしまう自分を許せるような気がしてきた。

もちろん、「racial profiling」は深刻な問題である。
勤務時間外の黒人の警官が、勤務中の警官に間違えて撃たれてしまう、なんて事件もある。
そういうことに比べたら、私たちが、外で、「コンニチワ!」とか言われて腹を立てていることなんて、屁でもない。
が、本質的には、同じところからきているような気がする。
次に反撃にあったら、この手で反論してやろうと思います。
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| 番外編 | 09:43 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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35歳は人生の分岐点か

GQ JAPAN 2009年 09月号 [雑誌]GQ JAPAN 2009年 09月号 [雑誌]
(2009/07/24)
不明

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なんか、がらっと変わりましたね、GQ。
編集長さんが代わったからかしらん。

ちなみに「アメリカ自家中毒」というタイトルのコラムが始まりました。
よかったら読んでください。
第1回めはちょっと真面目なトーンで書きすぎたかな、とちょっと反省。
ちなみにテーマは、麻薬合法化の議論の話です。
アメリカの話とはいえ、そして客観的な話とはいえ、こういうことを書かせてくれる紙媒体は貴重である。

そして「35歳からの大疑問」という特集を、ついなめるように読んでしまった。
36歳としては。

35歳は、もしかして男の人生におけるひとつの大きな分岐点なのかもしれない。
が、女子の場合は、分岐点は30代前半なような気がする。
だって、周りを見回してみると、もうすでにハッピーな人と、アンハッピーな人と、わりとはっきり分かれているような気がするから。

私が客観的に周りを見回してみて、「お、究極の勝ち組」(っていう言い方はもう死語ですか)と思う女子がいる。
日本人にも、アメリカ人にも。
そして、それはきっと、世の中的に言われている「勝ち組」の定義とはかなり違うと思うのだけれど、彼女たちの共通点は、情熱をもてる仕事をしていて、幸せな結婚生活、または恋人生活を送っている、ということ。
彼女たちがそんな人生を勝ち得た理由として、根本的に生き方を見てみたときの共通点は、
ー好きなことをしている
ーイヤなことはしない(アンハッピーになりそうなネタが登場したときには、がっつり取り除く。あっという間に)
というしごく単純なことだったりする。
(男の子の場合は、きっとここまで単純にはいかないのかもしれないけれど)
もちろん人生なわけだから、山あり谷ありだと思う。
が、何が自分をハッピーにして、何が自分を不幸にするか、はっきりとわかっているから、必要以上に複雑な状況には陥らない。
だからいつもいきいきしていて、見ていると気持ちがいいし、刺激になる。

そして、その生き方の分かれ道は、気がつかない間に、30代前半にきていたような気がする。
もちろん、今後、逆転の可能性はいくらでもあるとは思うのだけれど、若いとき、大人がそうやって教えてくれてればなー、なんて思ったりする。
30代前半がそんなに大切な時期だったってことを。
誰も教えてくれなかったよ、そんなこと。

なーんて話を、女友達としていたら、「ハッピーになる条件はもうひとつあると思う」と言う。
なーに、なーに?というと
「他人と自分を比べないこと」
あ、確かに。
ハッピーな人は、優越感や劣等感と無縁。
だって他人と比べても何も生み出さないし。

そういえば、去年の今頃、同じことを違う言葉で教えてくれたドライバーさんがいたんだった。
つらつら考えるうちに、そんなことまで思い出したりして。

と、宣伝のつもりが、考えながら書いていたら、自己啓発ブログみたいになってきた。
やめます、このへんで。

| 番外編 | 08:20 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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大統領ケニア人疑惑のその後

できれば無視したいくらいばかばかしい、'birthers"という人たちのムーブメントがある。
らしい。
どういう人たちかというと、いまだにしつこく、「オバマはケニア人だ」→「彼が大統領になれたのは間違っている」と騒いでいる人たちのことである。
そろそろいなくなってもいい頃かと思っていたが。

オバマが大統領に就任したところで、黒人が大統領だという事実を受け入れられない人たちがいなくなるとはまさか思っていなかったけれど、出生証明書が出てきたあとも、騒ぎ続けているところがすごい。
白人至上主義者がやってるサイトとかブログなどで盛り上がるのはまだわかるけど、メインストリームのメディアのなかにも、それにつきあってやっているところがあるのもびっくりである。

ここまでくると、アホすぎて、ネタになっている感すらある。
そのばかばかしさを、ジョン・スチュワーがおもしろおかしくまとめてくれている。
ちょっと長いけど、暇だったらどうぞ。
The Daily Show With Jon StewartMon - Thurs 11p / 10c
The Born Identity
www.thedailyshow.com
Daily Show
Full Episodes
Political HumorJoke of the Day


ジョン・スチュワートは笑えるけど、笑えないのは黒人が大統領になったあとも、アメリカが抱え続ける人種問題の深刻さである。
アメリカを一周してみて、"Birthers"のようなおかしな人たちは、実は私が思っていたよりずっと少ないんだ、と思ったけれど、そうはいっても、いなくなったわけではないのである。

最近も、ハーバード大学の教授が、空き巣に間違えられて逮捕される、という事件が起きて、本当にげんなりした。

でもやっぱり、最終的には、騒いでられるのも今のうちだよ、と笑ってやるのが、こういうアホたれたちに対してとる態度として、正しいやり方なような気がする。
だって、もうすぐ、ブロンクス出身のラティーノの女性が最高裁の判事になるわけである。
ソトマイヨール判事の任命は、「affirmative action」だからフェアではない(つまり、マイノリティが任命されるのは、マイノリティだから任命されるわけで、そこがずるい)と騒いでいる政治家がいて、「何が悪いんだ」とテレビで突っ込まれ、「白人が作った国だからだ」と開き直っていたが、確かにヨーロッパから渡ってきた白人が、黒人を奴隷として使ったり、ネイティブを駆逐したりして作ったはずの国が、もはや白人の国ではなくなりつつあるという現実があるわけですから。

ちょっと前に、映画のプロデューサーをやっているお友達のFと会ったときに、人種の話になって、ニューオリンズで育ったときに、物心つくまで、黒人の乳母さんが自分の母親だと思い込んでいた、という話をしてくれた。
そんな風に育った白人の男子は、別の人種と結婚して、女の子をもった。
「彼女が結婚する相手が誰かはわからないけれど、彼女がおばあちゃんになる頃には、人種の概念はもっと希薄になるはずで、そうやって世界はもうちょっとみんなが住みやすい場所になるはずなんだ」
というようなことを言っていた。
そのあとに、
「ま、人種がひとつになったところで、人間はどうせ新しい戦いのネタをみつけるだろうけどね」
とも。
どっちにしても、こんなことがニュースになる世の中は、そう長くは続かないと願いたいものです。


| 政治 | 07:37 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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あるアーティストの死

そういえば、旅に出ている間にニューヨークであった事件がもうひとつ。
先週の月曜日、ダッシュ・スノウ(Dash Snow)が、ヘロインのオーバードーズで亡くなった。
享年27歳。
27といえば、若い才能が死んでしまうマジック・ナンバーである。
カート・コベインも、ジミヘンも、27で死んだのではなかったか。

ニューヨークのストリートから登場してきたアーティストのなかでも、若い頃から注目され、ライアン・マクギンリーと並んでストリートからもギャラリーからも評価されるアーティストとして知られていた。
Tiny Vices に彼のポートフォリオが出ています。

個人的には、ダッシュ・スノウを取材したことはなかった。
取材したいと思ったことも、これまでなかった。
なんでだろう? と考えてみたのだけれど、ストリートアートが「アート」と見なされるようになって、急にチェルシーのギャラリーが若いアーティストをちやほやする、という現象の中心にいる人物のように感じていたからかもしれない。
そうはいっても、それって必ずしも本人の責任ではないし、だから悪いっていうわけでもないのだけれど、注目されたのが20代前半と若かったから、ダッシュ・スノウや彼をとりまく世代のアーティストたちが、大きな時代の流れのなかで、どんな意味を持つのか、ジャッジしづらい、と感じていたからかもしれない。
なんでだろう?
答えは今のところ見つかりません。

死んでしまうことで伝説になる、というケースはよくあって、ダッシュ・スノウもきっとそういう存在になっていくのだろうと思う。
地元メディアの報道を見ても、もうすでにバスキアと比べているところもあったりして。

vice magazineに、ライアン・マクギンリーが書いた文章が掲載されていた。

そのなかにこんな一節があった。
Heroin, oh heroin, oh heroin.
Taken the lives of so many great artists.
Taken so many of my friends’ lives.
I don’t know if you’re not supposed to write about drugs when one of your friends dies of an overdose, but those are all my memories of Dash. Drug and alcohol induced memories.
It’s always been a bottle of Jack, a bag of coke, and some beers.
And lots of bathrooms.
That was just our relationship.
That’s what our lives were.
Adventures on drugs. And it’s what eventually led him to his death.
ヘロイン、ヘロイン、オー、ヘロイン、という最初の文章がすべてをあらわしているような気がする。

若くして死んでしまったアーティストのことを、知ったかぶりして語るようなことはしたくないし、変にセンチメンタルになるのも、嫌らしい大人っぽいので、それはさておき、私がこのニュースを聞いて、一番に思ったのは、ヘロインって、まだあるんだっけ? っていうことである。

自分の周りとか、周りの周りとか、まあそこそこ遠くまでいったとしても、名前を耳にするドラッグは、クサ、コーク、クリスタル・メス、くらいなもんである。
しかし、週末の新聞に、独立記念日の週末に、ブロンクスのヘロイン工場が摘発された、という記事が出ていた。
気がつかないうちに、ヘロインは、再びニューヨークの街にじわじわ浸透しているようである。
ああ、恐ろしい。
歴史的に振り返ってみても、ヘロインは、景気が悪いときや人間の心理状態が不安なときにこそ強いドラッグなのです。
27歳で死んでしまったアーティストが伝説になっていくうちに、若くして死ぬことを美化してしまうようなことにならなければいいけれど。

| アート | 10:05 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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アメリカで一番グリーンなホテル

ノースキャロライナの旅で、「アメリカで一番グリーンなホテル」を自称するホテルに泊めていただいた。
ソーラーパネルを使ったり、リサイクル資材で作られていたり、リサーチしてみると、そのエコっぷりがなかなか本気なことがわかる。
デザインもなかなかだし、サービスも文句なし。
全体的にとても素敵なホテルだった。

その日、取材先のおじさまとの雑談のなかで、「eco-anxiety」という言葉、知ってる?と聞かれた。
(その会話は、全然違うところから派生したものだったのですが)。
環境のことを調べているうちに、車を使うことはいけないのではないか、と地球の将来を不安に思ったり、自分のライフスタイルに罪悪感を感じたりすることについて言うらしい。
リサーチしてみたら、こんな記事を発見した。

とかくアメリカ人は「~症候群」という言葉を使いたがるのだが、「eco-anxiety」の症状については、私もちょっぴり思い当たることがある。
ニューヨークに住んでいる自分に矛盾を感じることは多々あるし、山にこもりたいと思う衝動を覚えるときもある。
水道の水を飲みたくないので、自宅/オフィス用にミネラルウォーターを飲んでいるのだが、それをするために電力を使っているわけだし、配送にガスがかかるわけです。
罪悪感を感じつつも、人間は矛盾の存在だから仕方ない、と諦めてしまう自分がいる。

ちなみに、「アメリカで一番グリーンなホテル」は、冷凍庫のように寒かった。
そして、アメニティは、使い捨てのプラスティックボトル。
夏が進むにつれて、自分の家以外の屋内が、どんどん冷凍庫のように冷えていく。
体感温度が違うといっても、空調の温度設定をちょっと上げるだけで、かなり省エネになるんだけどな、と思ってしまう人間は、アメリカではまだまだマイノリティである。
どっちにしても「これまでのやり方」を変えるには、相当時間がかかりそうですね。

| 旅先から | 07:48 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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イッセイ・ミヤケ氏とNYタイムズ

景気が悪くなって出張の仕事がずいぶん減ったのだけれど、今週はまた久しぶりにほぼ毎日移動を繰り返している。
昨日は、ノースキャロライナのホテルで目覚めたら、ドアの外にNYタイムズがおいてあった。
きちんとしたホテルだということもあるのだろうけれど、最近、地方にいても、地方の新聞を目にすることがめっきり減ったような気がする。
ローカルニュースって、その土地柄がちらりと見えたりしてとてもおもしろいのに、なんだか残念。

と、話がそれたが、昨日のNYタイムズのop-ed欄に、イッセイ・ミヤケさんが寄稿していたの、気がつきましたか?
原爆体験について。
そして、先週のロシアとアメリカの核弾頭の削減合意だけでは、核のない世の中にはならないよ、ということを言いつつ、オバマ大統領に平和大橋をわたるように呼びかけている。

オバマが平和大橋を渡ることが、象徴的な意味以外の意味を持つかどうかはわからないけれど(オバマにかぎらずアメリカの大統領には、広島を訪れてほしいと思うけど、もちろん)、イッセイさんのこの文章には、大きな存在意義があるような気がする。

これまでもときどき、日本政府の発言力のなさとか、PR下手について考えてきたけれど、イッセイさんの文章を読んで、日本文化が果たすべき役割ってこういうことかな、と考えてみた。
だって、日本は、原爆を受けた唯一の国だっつーのに、アピールが足りないし、うまくない。
そして、イッセイ・ミヤケを知ってる外国人のほうが、日本の首相の名前を知っている外国人のよりも確実に多いはず。
イッセイさんの文章が、そんなことを思い出させてくれたような気がします。

| メディア | 00:51 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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マイケル・ジャクソンと医療制度

引き続きこの国のニュースワールド(特にテレビ)は、マイケル・ジャクソンの死をめぐるあれこれに占領されている。
子どもたちはどうなるのか、財産はどうなるのか、子ども時代のマイケルを虐待し、息子が死んだというのに自分の宣伝に夢中になっているオヤジはどうなのか、などなど、マイケル絡みのトピックスは多いのだけれど、ひとつ、この国の社会問題とリンクする話題があって、それは処方箋ドラッグの中毒問題である。

中毒というと、どうしてもアルコールや違法ドラッグ(特にヘロインやクリスタルメス)を想像してしまうのだけれど、実はこの国で一番急速に増えている中毒は、お医者さんに処方箋を書いてもらえればドラッグストアで入手できる処方箋ドラッグの中毒だったりする。
アンナ・ニコル・スミスの死因もこれだったし、保守派の論客ラッシュ・リンボウでさえも、中毒を認めたことがあるくらい。
マイケルが死んだのも、どうやら飲んでいた薬に関係があるのではないかという風向きになっていて、誰がそんな強い薬を処方したのかが捜査されているみたいだ。
これまで、処方箋ドラッグの中毒問題はちょこちょこ問題にされてきたけれど、薬を処方した医師の責任が問われることがあまりなかった。

話はちょっとそれるけれど、先日、昔からの友人で、映画のエディターとかディレクターをやっているJとお茶を飲んだ。
きっかけは忘れたけれど、オバマの医療制度改革が話題にのぼった。
Jが言ったこと。
「ようやく医療制度が問題になってきたけれど、メジャーなニュースソースを読んでも、4つの勢力のことしか話題になっていない。オレたちみたいな普通の人間は完全に忘れ去られているよな」
Jがいう4つの勢力は、保険会社、製薬会社、病院、医師を始めとするメディカル・プロフェッショナルのこと。
4つの勢力が、それぞれ損をしないようにヘッジをかけて値段を上げるから、どんどん普通の人たちへの負担が大きくなるばかり。

ちょっと前に私も病院でちょっとした治療を受けることがあったのだが、あとになって、保険会社から送られてきた明細を見て、びっくりした。
たとえば、治療のあとにチェックアップを受ける部屋の使用料とかが細かく記載されている。
30分もいなかったと思うのだが、その部屋の使用料はなんと600ドル。
この国の医療費の高騰が問題になって久しいけれど、こういうことか、と初めて実感した。

最近では、毎月高い保険料を払っているのに「保険対象外」の項目のおかげで、莫大な借金を抱えて自己破産に追い込まれる人たちの存在が、徐々にクロースアップされてきた。
Jのいう「4つの勢力」のなかでも、特にこれまで責任を追及されてこなかったのが、製薬会社と結託して、必要以上に薬を処方する医師たちだという気がする。
それが、マイケル・ジャクソンが死んだことで、変わるかもしれない、という空気感がちょこっとだけ漂っている。
これで何かが変わればいいと思うのだけれども、ことはそんなに簡単ではないのかもしれない。

| 時事 | 01:51 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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ペイリン辞任のニュース、そしてお詫び

ニュースワールドは、ペイリン辞任のニュースで盛り上がっている。
これまで笑いと怒りのネタを多数提供してくれたペイリンが、こんなにあっさり辞めると拍子抜け。
辞任の本当の理由と意図はなにか、政治から退くのか、わからないので、推測ゲームが大盛り上がり。

ー最近出たヴァニティ・フェアの記事でつくづくイヤになった
ー次の選挙で国政にうってでる
などの推測が人気のところだが

ーまた妊娠した
ー自宅で人の頭が見つかった
などといったワイルドカードもあったりして。

しかし、一番ありそうなのは、Twitter に出たこれか。
I've been told by Alaskan friends that there have been rumors swirling for weeks that the IRS has something big on the Palins.
税務署に何か弱みを握られている、というネタ。

もしかしたらこれから本当の理由が明らかになるのかもしれません。

そしてひとつお詫び。
この間、立ち上げた、と書いた別サイトが見られません、というご指摘をいただいたのですが、アドレスが間違っていました。
本当は、こっち
失礼しました。


| 政治 | 23:02 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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ディック・チェイニーとfacebook

facebookに、「Telling Dick Cheney to shut the hell up」というコミュニティがある。
(コミュニティ、という呼び方が正しいのかはわからない)。

facebook上でどれだけ文句をたれたところで、ディック・チェイニーには伝わらないだろうし、伝わったところで反省もしないだろうと思うので、入るだけ不毛かとも思ったが、なかなかユーモラスでおもしろいので入ったままになっている。

そしたら、このコミュニティが、知らなかったことをひとつ教えてくれた。
dickipediaというサイトが存在するということ。
サブタイトルは、「wiki of dicks」。

改めて説明するまでもないのかもしれないが、dickという言葉は、penisという言葉の俗語である。
オンラインの辞書によると、性格が悪かったり、軽蔑に値する人間を「dick」と呼んでいいらしい。
しかも、チェイニーのファーストネームはディック(リチャードのあだ名。が、リチャードという名前の人なら誰でもディックと呼んでいいというわけでは決してないので、要注意)。
というわけで、チェイニーは二重にディックなわけである。

チェイニーはもはや過去の人だと思いたいので、そんなヤツにこれだけの文章を割くのもどうかと思うが、ディキペディアのリストには、現在の人も多い。
「政治ディック」や「国際ディック」の顔ぶれは、ほぼ予想通りなのだが、「芸能ディック」には、ジョージ・ルーカスやベン・スティーラーなど、意外な人も入っていて、名前をクリックすると「ディックな理由」が読めるようになっている。
これが真剣に読むとなかなかおもしろい。

そしてfacebookで、もう一つ使えるのは、人気コラムニストとか、アートの評論家が入っていて、紙媒体に書くほどでもないような小さいネタを披露していること。
ちなみに私は、NYタイムズのニコラス・クリストフの「ファン」として登録したり、ニューヨーク誌の評論家ジェリー・サルツ氏の「友達」だったりして、知らなかったこを毎日ちょっとずつ教えてもらったりしている。
彼らの使い方を見ると、紙媒体との棲み分けができるような気がするが、この手の使い方だとお金には還元されていないだろうなと想像できる。
宣伝にはなっているだろうけれど。
文章でご飯を食べている一人の人間としてはちょっと複雑な心境。
個人的には、まだネットで「食べられる」媒体は発見できていない。
素敵なネット媒体、あったら教えてください。

| メディア | 08:24 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

2009年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年08月

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