2008年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年01月

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麻生鉱業をめぐる報道でわからないこと

ちょっと前の話で恐縮なのですが、12月19日付けのNYタイムズ紙に、麻生一族が経営していた旧麻生鉱業(現名は麻生セメント)で第二次世界大戦の連合軍捕虜を強制的に労働させていたという事実を、政府が認めた、という記事が出ていました。
扱いとしては国際面で、けっこう大きめの記事。

これについては、ブログで英訳されているブロガーさん(ブログ「カナダde日本語」)もいらっしゃるので、内容については割愛してしまいます。

そもそも、もともと2006年にこの話を最初に報じたのはNYタイムズ。
そして、それに在米総領事館がホームページに反論を載せた、当時、麻生首相は外務大臣だった、という背景もあって、とても政治的にセンシティブというか、触れづらい話題という匂いがぷんぷんする。

こういう事実があった、という文書が出てきたわけですから、きっとそういう事実はあったのだろうと推察される。
が、わからないことが一つあります。
グーグルを使って、マスコミの報道がどんな風に行われているのか、見てみたのだけれど、不思議なことに、どこも、麻生首相には直接聞いていないみたい。
私が見つけられてないだけだったらごめんなさい。
聞かないのかな?
というか、週刊誌あたりが聞いているのかもしれないけれど、やっぱり新聞なんかだと普段の付き合いがあるから聞けないのだろうか。
わからない。

最近、朝日新聞のウェブサイトのニュース特集のコーナーに「首相ぶら下がり」というコーナーがあって、ときどきのぞいているのだが、読んでもあまり新しいことがわからない。
具体的な情報があまりないのです。
わかるのは、首相の口調がべらんめい口調だということくらい。
こういうとき、自分の故郷が、とても不思議な国に思えてきます。

ちょっと話がそれるけれど、今日はクリスマスで、お友達の家でクリスマス・ディナーに呼ばれて来た。
お友達のだんなさまのご両親もきていて、その夫婦に会うといつもそうなのだが、日本人から見て、キャロライン・ケネディはどう思う?とか、政治的な話題で質問攻めにあった。
そのうち、話題が日本のことになり、どうして日本は政権がころころかわるのだ?とか、民主党が政権をとる可能性はどれだけあるのだ?とか、答えづらい質問のオンパレードになった。
そして、もごもごと口ごもる私に、お父さんがこう言った。

政権がころころかわって、しかも、与党が国民をハッピーにできない国は、独裁者が登場する余地ができてしまうよね。
日本がそうなるかどうか、わからないけれど。

最近、伊坂幸太郎さんの「魔王」を読んだばかりだったので、はっとしました。

ちなみに、本題に戻るけれど、なぜ麻生鉱業の話をマスコミが首相に直接聞かないのか、とか、日本はなぜ政権がころころかわるのか、といった問題は、キャロライン・ケネディの人気をどう思うか、という問題よりも、私には、よっぽど説明しづらい。
これだけしょっちゅう日本に帰っていても。
誰か、私にヒントをください。



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| 不思議の国ニッポン | 11:42 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑

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史上最低の副大統領

やるならやらない、やらないならやらないではっきりしろ!と怒っていた人も多かったGMとクライスラーの救済問題がようやく決着したようです。
これで、金融危機に対応するために議会が設定した七千億ドルの公的資金がもうなくなっちゃった模様。
莫大なお金である。しかも税金。
そ、それなのに。
一発目の公的資金注入をうけた金融機関は、そのお金をどう使うのかということについて、まったく開示義務がないらしい。
CNNが、主な金融機関に取材をしたところ、どこも開示しません、という答えだった、というリポートを見て、久しぶりに心臓発作の原因になりそうなくらいの怒りを覚えました。
ホワイトハウスも、議会も、マスコミもいったい何をしていたのだろうか?
というか、これだけ世界中が注目していたのに、どうしてそんなことが起きたのだろうか。

実のところ、私にだって、大手金融機関につとめるお友達が少なからずいる。
ボーナス~~%カットらしいよ、なんて話を聞くと、一瞬、心が痛むのだが、すぐに、ちょっと待てよ、という気持ちになる。
財政赤字のかたまりとなった国から、税金借りて、ボーナスもくそもないだろ、職があるだけ感謝しろ、と思ってしまうわけである。
個人的な恨みはまったくないにしても。

まったく開示義務のないお金は、もう渡されてしまったわけで、今何を言ったところで手遅れなわけだが、ブッシュ、最後までほんとやってくれるよな、という気持ちです。
もう何もしないでいてくれたほうが良かったのに。

というわけで、さらなるハンデを背負ってしまったオバマ。
ブログから遠ざかっている間に、少しずつ、オバマ新政権の顔ぶれが決まったのだけれど、それについて、自分がどう感じているのか、いまだにわからずにいる。
ちょっと前に日本のお友達から「第3次クリントン政権誕生、おめでとうございます」というメールがきた。
確かに、そういう突っ込みをうけても不思議でない顔ぶれ。
これで何かが変わるのだろうか、ジャッジはもう少し先にのばしたいと思います。

政治学者でも占い師でもないので、この先のことは読めないのだが、最近の新聞などを見ていると、この時期、当然ながら、ブッシュ政権を振り返る記事が多い。
さすがに、靴を投げられて意外な運動神経を発揮した男は、ここへきて、「やっちゃいました、オレ」というムードを漂わせているのだが、一方、まったく反省の色のない人が一人。
「史上最低の副大統領」と呼ばれるチェイニーくんである。

今日、フォックスニュースに登場していたので、ついそこだけネットで見てしまった。
ジョー・バイデンが果たす役割についての質問に対する答えを聞いて、さらにまた愕然とした。
I think that President-elect Obama will decide what he wants in a vice president.
And apparently, from the way they're talking about it, he does not expect him to have as consequential a role as I've had during my time.
バイデンは、オレほど重要な役割は果たしそうもないね、てなことである。
お~ま~え~な~、と再び憤死直前。
そもそも、副大統領って、そんな重要な役割じゃないはずなのである。
なぜ、この人の頭はそこまで大きくなってしまったのか。
そして、なぜそんなことが許されてしまったのか。

こんな副大統領とアホの大統領を2度も選出してしまった国民も、さすがに今は怒っているらしい。
CNNの世論調査の結果を見ると、国民の23%がチェイニーは「ワースト副大統領」だと思っていて、さらに41%が「poor vice president」だと思っているんだそうな。

何を言ってももう手遅れ。
この二人組は、アメリカを赤字と不景気のどん底に落として、世界の経済を根底から揺るがせてしまったわけだから。
唯一の希望は、次の政権が発足したあとに、チェイニーが何らかの捜査の対象になるのでは、なってほしい、ということであります。

イラク人ジャーナリストが靴を投げた事件の後に、インターネットがすごいことになっていたのはご承知のとおり。
ネットのディスカッションで、あなたなら何を投げますか?というものがあった。
みんな、よく考えるなあ、というくらい面白い答えが多かったけど、一番笑った答えは
A ninja!
ああ、忍者、投げたい。チェイニーに。
忍者が飛んで来ても、反省しないだろうけど。


| 政治 | 16:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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メキシコからの便り

方向感を失っている今日この頃。
最近、ニューヨークからインスピレーションも受けないし、気分は暗いし、どうしたものだろうか、と思っているときに(心配をしてくれたみなさん、ありがとう)、ベネズエラで一度一緒に仕事をしたことのあるフォトグラファー、Leslie Mazockがメールをくれた。
しばらく追いかけていたプロジェクトが形になったという。



写真と音声を組み合わせたプロジェクト、なかなか素敵である。

これをクリックするととびますよ、というやり方がわからないため、見たい人はここをクリックしてください。

彼女は、某通信社でスタッフフォトグラファーをしていたのだが、フォトエディターの職を得て、1年くらい前にメキシコに移った素敵な人である。
現場のカメラマンから、内勤になったことで、いろんな人に、きみはそれでいいのか、なんて言われたらしい。
それでも、自分の自由時間や休みを使って、自分の情熱を追いかけている。
頭が下がります。
メールに返信をして、がんばってるね、と声をかけたら、メキシコは、インスピレーションの宝庫なの、というコメントが返ってきた。

遠くに住んでいる人が、こうやってがんばっている、と知るのはとてもうれしいことである。
そもそも、自分の内面にインスピレーションを見つける、ということが苦手な私は、こうやって、がんばっている人にインスピレーションを受けるしかないらしい。
そんな私でも、よし、がんばるぞ、という気持ちになった。
ありがとう、レズリー。

| 番外編 | 06:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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facebook と政府

長らく抵抗してきたが、ついにfacebookに参加してしまった。
なぜ抵抗してきたかというと、一つは、ミクシーを経験して、意外と時間とられるのよね~と思っていたから。
しかし、だんだん、これをやっていない、ということが不便になってきた。
たとえば、現実社会のイベントのお知らせがfacebookできたり、オレのやってること、facebookにアップしてるから、と言われたり。
私もやってるってことを前提に話進めないでくれる~?と反感をもったりもしていたのだが、ここまでマイノリティになってくるとさすがに抵抗している自分がバカに思えているから不思議です。
peer pressureという言葉があるけれど、こんな年になって、そんなプレッシャーを社会から受けることになろうとは。

しかし、サインアップの手順にしたがって、友達へのお知らせをした瞬間に電話がなった。
友達のEである。
なんで今さら?と聞くので、事情を説明する。
彼女も、当然加入しているのだが、最近、怖い記事を読んだ、と転送してくれた。
ビデオのリンクもついている。
ご覧下さい、これ

政府、そんなに暇なんか????と突っ込みの一つも入れたくなりますが、驚くべきことではない気がする。
そもそもプロフィールの欄に「politically views」なんてコーナーがあるのも微妙。
政治思想はライフスタイル、という国であって、かつ多数の人が、政治的考え方を表明することに抵抗を感じなかったとしても、これだけ大量な人が加入していたら、いろんな使い方ができるだろうし。
そして、きっと、これはアメリカだけの話でもないんだろう。

まだfacebookの魅力がいまひとつわからないけれど、知られたくないことは書かない、という防衛策だけ張れば、楽しい使い方ができるのかもしれない。
またはすぐに飽きるかもしれないが。
とりあえずは情報のインプットはミニマムに。

| メディア | 10:09 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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モダン・ヒッピー結婚式 in パラダイス

今週の前半は、おやすみをとってフロリダで行われたお友達の結婚式に参加してきた。
やってきた人の多くが、1週間くらい休みをとって参加した、ものすごくぜいたくな結婚式だった。
ぜいたくな、といっても、金銭的なことではまったくなく、時間的に優雅だった、ということである。
新郎新婦の友達約40人が、ひとつ屋根の下に生活し、朝起きると、誰かが朝ご飯とコーヒーを作ってくれている。
昼間はビーチでごろごろしたり、散歩したりして、夕方になるとお酒を飲みはじめる。
参加者の多くがアーティストだったり、ミュージシャンだったこともあり、毎晩、朝方まで、音楽あり、アートありの宴が続く。
ほかにどんなものがあったのかは想像におまかせします。

ビーチでの結婚式はこんな感じ。
すべて手作り、それはそれは美しい結婚式でありました。

tomand barbara

余談だけれど、結婚式が行われたのは、新婦が育ったというフロリダ北部のビーチタウン。
デイトナ・ビーチのすぐそばで、住人のほとんどが白人のブルーカラー、共和党の支持基盤という街である。
ビーチまわりを歩いていると、家3軒に1軒以上の割合で、売り出し中の看板が出ていた。
私は参加できなかったのだけれど、結婚式前夜のパーティーで、一行は地元のバーに繰り出したらしい。
そこで、カウボーイハット姿の白人の若者たちにからまれたらしい。
お前ら、alternative lifestyleのやつらだろう?って言われたそうな。
北西部からやってきたへんちょこりんな格好の集団が、地元のマッチョたちの目には、どうもゲイに見えたのだろう。
北西部とこのあたりでは、もちろんカルチャーが全然違うわけだけれど、お前らゲイだろう、と言わずに、alternative lifestyleという言葉を使うあたりが新しい感じがする。
こんな人たちでも、最近は、politically correct(政治的に適切)であることに気を配っているのだろうか。

それはさておき。
パラダイスとはこのことだ、と思いつつ、ビーチで考え事をしていたら、自分の今の生活を改めて考え直してしまった。

帰ってきたニューヨークは、どしゃぶり。
雨のなか、道ばたで口論をしている人をみたり、地下鉄に乗ったりする間に、昨日までいたパラダイスと都会の暮らしのギャップに対応できない自分を発見。
さらにおされなバーでの誕生日パーティに顔を出し、さらに落ち込んでみたりして。
旅から帰ってくるときは、いつもちょっと落ち込むのだけれど、今回特にがっくりきちゃったのは、やっぱり今の自分にとって、NYが物質社会の中心に思えるからかもしれない。
わかってるんですけどね。
今の自分には、NYに生活することが必要なんだってこと。
きっと田舎で暮らしていける境地にはまだないってことも。

結婚式の直前、20代の前半に、ものすごく短い恋をした相手から突然メールがきた。
私のことをグーグルしてくれて、メールをくれたのだという。
返信に、
I miss my young reckless days と書いたら、
ビーチにいる間に
I can't see you not reckless. Don't disspoint meと返事がきた。
ばかみたいだが、これでさらに落ちた。
一番失望してるのは自分だ、なんて思ったりして。
こんな大人になる予定だったっけって。
予定どおりにいかないのが人生だってわかっているつもりでも、こんな気持ちになった自分を発見し、これ、ミッドライフ・クライシス?(早いけど)、それとも軽いウツか、なんて考えてみた。

そうはいっても、落ち込み続けるわけにはいかないので、今日も気を取り直して外出した。
去年、エスクワイヤでインタビューしたエマージング・アーティストのEvan GruzisがDeitch Projectsで個展をやったから。


なんだか知らないけど、何度やっても画像が横になっちゃうんだけど。
この人は、大量消費や物質主義をとても厳しい目で見つめているアーティストだと思う。
そしてその彼が、初めての大きな個展でウィスキーをあおっている姿を見たら、ちょっぴりだけ気分があがってきた。
いやだいやだと思っているだけではいけない、ということなのかも。

最近、NYの治安が悪くなっているのかなと思うようなストーリーをよく聞く。
電話をひったくられた、とか、詐欺にあいそうになった、とか。
景気が悪いと人の心もすさんでくるし。
でも今回の結婚式で考えたこと。
景気が良かろうが悪かろうが、都会にいようが田舎にいようが、自分の精神はフラットに維持できる人間になりたい。
そんな境地に達せるまでにはまだまだ修行が必要そうである。


| たまには日記 | 16:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お友達のウェブマガジン

お友達のヘアさんであるKenshin さんがウェブマガジンを始めました。

ピクチャ 1

私の個人的なイチオシは、social というカテゴリー。
アングルが新鮮だし、読み物としてもおもしろいのです。

ちなみに私は、インタビューに参加させていただいた。
誰でもいいよ、というやさしいお言葉に甘えて、往年のパンクロッカーにインタビューしました。
マニアックだけれども、普通の仕事と違うからこそできること。
もしよかったら見て下さい。

これから、どんな展開になっていくのかとても楽しみ。
私も、どんどん参加させてもらおうと思っています。

| 番外編 | 02:13 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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ブラック・フライデーと「フラット化する世界」

東京から友達が遊びにきていたり、お友達の誕生日があったりして、しばらく「遊びも一生懸命」状態でした。
フリーになったばかりの頃は遊ぶことにものすごく罪悪感を感じていたが、最近は、遊びも一生懸命やらないとつまらないオトナになってしまう、という強迫観念を感じるようになった。
遊ばないと枯渇するし。
というわけで、遊びも一生懸命。
でも人様に迷惑をかけないように仕事もがんばっております。

そんなわけで、お買い物もしたい親友とともに、「ブラック・フライデー」に久しぶりに参加した。
なぜ、感謝祭の翌日のクリスマス商戦初日を「ブラック・フライデー」と呼ぶのか、昨日、お友達に聞かれたので、調べてみました。
ウィキペディア英語版によると、1960年代に、その日あまりに交通渋滞が激しいので、フィラデルフィアの警察が「ブラック・フライデー」と呼び始めたというのが、この言葉の起源のようです。
1800年代下旬に、株式市場が暴落した日をはじめ、他にも歴史上の「ブラック・フライデー」はいくつかあるのだけれど、最近は、もっぱらクリスマス商戦初日のことを指すことが多い。

話がそれたけれど、久しぶりの「ブラック・フライデー」は、こんなご時世だし、値下げ幅はすごいし、人出もすごいし、おえっと吐きたいような気持ちになった。
サックス・フィフス・アベニューの靴売り場ではロープがはられていた。
誰が聞いたのか、早い時間に靴をめぐって女性同士のけんかが勃発し、それでロープを張ったという話を耳にしたけれど、真偽のほどはまったく定かではありません。
さすがにそんなことが起きたらニュースになるでしょ、と一瞬思ったけれど、もっとすごい事件が起きたことがわかった。
靴をめぐったけんかなんか霞んでしまうような事件は、ロングアイランドで、開店と同時にセール品をゲットしたい買い物客たちが、店を開けろと騒ぎ、ドアが壊れて人がなだれこみ、従業員が踏まれて死んでしまった、というもの。

従業員の死亡が確認されて店が一時閉店になったとき、一部の買い物客が「並んだのに」と怒っていたという。
こんな事件がなんで起きるのか、理解するのは難しい。
ニューヨーク・タイムズには、心理学者の教授の談話が紹介されていた。
恐怖感(所有物が十分でないのではないかという)と群集心理が作用した、という意見である。
なんとなく、それだけではないような気がする。
不景気のフィアー・ファクターが、人を神経質にしていて、それが説明のしにくい行為に走らせているのではないか、と思ったりしました。
もしかすると、こんなに理解に苦しむことを説明しようとする試み自体に無理があるのかもしれないけれど。

靴だかテレビだかを争って、ニューヨークがそんなばかばかしい状況になっているのとほぼ同時に、ムンバイでテロが起きた。
今の世の中のとても象徴的な出来事だと思いました。
何年か前に、朝新聞を開いたら、一面に、イスラエルで起きた自爆テロの事件と、モデルのハイディ・クラムがチャリティーパーティーに出席して、というくだりで始まる記事が並んでいるのを見て、同じような気分になったことがある。

先日、書評を書くのに、遅ればせながらこの本を読んだ。


趣旨は、世界がテクノロジーの発展やその他もろもろの要因によって、いかにフラットな競技場になっているか、という話である。
そして、もう一つの趣旨は、(インドや中国が、フラットな競技場を有効活用しているために、)アメリカ経済はこのままいくと大変なことになるよ、ということ。
著者のトーマス・フリードマン氏は、3度もピューリッツァーを受賞しているニューヨーク・タイムズのコラムニスト。
取材力もものすごいし、知らない情報も多くて、とても面白かったし、勉強になった。

が。
この本が、「世界はすでにフラット化した」という前提で書かれていることに、ちょっぴり違和感を感じた。
だって、フラットじゃないじゃん!って。

今日、最近仲良しのクリエーターのKさん(日本人、男性)と打ち合わせを兼ねてお茶をした。
読書の話題になったので、この本の話をした。
Kさんが、私の感じていた違和感を、うまく表現してくれた。
だって、あっちの世界では、すごいことになっているのに、オレたちこんな服着て、こんな店(ニューヨーカーの仕事場と化したコーヒーショップ)でコーヒー飲んでるし、って。

まさに。
ニューヨークに長く住むということは、こういう矛盾を抱えるということでもある。
もちろん私たちは、もっと人の役に直接立つような仕事をしているわけではないし、途上国で井戸を掘ってるわけでもないし、さらにはファッションが好きだったり、物欲だって人並みにあるわけで、そんな人間にできることはほとんどない。
あるとしたら、そういうことについて真剣に考えることくらいである。
何の役にも立たないけれど。立たないなりに。

そして、こんな矛盾は、世界全体が抱えていることなのではないかと思う。
矛盾の大きさが少しずつ小さくなればいいと思うけれど、現実には、どんどん大きくなっているような気がします。
だからといって、努力しないわけにはいかないと思うのですが、どうでしょう。








| 時事 | 18:53 | comments:8 | trackbacks:1 | TOP↑

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