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アートバブルの意味(2)

今週と来週は、写真家の森嶋一也さんと一緒に、モノを作っている人をインタビューしている。
映画とかアートとか音楽とか。
work in progressなので、詳しくはナイショですが、とても良い物ができるのではないのかと思っているし、というか、良い物を作らないといけないと思っています。
乞うご期待。

そんなわけで、自然と、モノを作る、ということを、今の時代、という文脈のなかで考えている。
と同時に、最近、制作会社が倒産した、家賃を払えなくなった、予算が半分になった、という話をファッションやクリエイティブの世界でもよく聞くようになった。

特にアートの世界も、戦々恐々としているらしい。
12月にマイアミ・アート・バーゼルを控えているが、某有名ギャラリストが、毎年やっていた派手なパーティを今年は自粛するらしい、とか、暗いウワサがあとを断たない。

今週のニューヨーク誌に、ロンドンの「Frieze Art」の話題が出ていた。
評論家のJerry Saltzが、アートのバブル崩壊が、何を意味するかについて書いている。
起こる可能性があることとしては、ニューヨークやヨーロッパで、それなりの数のギャラリーがつぶれ、アート雑誌が減り、マイアミのバーゼルは中止になるかもしれないし、ミュージアムも資金繰りに困る、などなど。

でも、ポジティブなこともありそうだ。
心の底ではアートなんてどうでもいい投機的な投資家たちは減るだろうし。

アート界に流れ込んだ大金の影響について、Jerry Saltzはこう書いている。
It hasn't made art better.
It made some artists- notably Hirst, Murakami, Prince and maybe Piotr Uklanski- shallower.

よくぞ言ってくれました、という気持ちになった。
お金のせいで浅薄になった、と名指しで書かれた人たちは、現代アート界の大物ばかりである。
こういうことを勇気をもって言える人は貴重です。

たとえば清貧のようなコンセプトがいいとは思わないし、アーティストがきちんと評価されて、お金に換算されることは素晴らしいと思う。
でもアートバブルのおかげで、なんじゃこりゃ?というようなモノも大量に登場したし、アートが社会において果たす役割についてのコンセプトが曖昧になった。
そして発言力があるのに、そのへんのことを看過してきた大物たちにはやっぱり責任があると思う。

今日であったアーティストも言ってた。
60年代や70年代にアートを勉強していたら、アートのmaterialization (物質主義化)は危険なことだと教えられてたけど、今は誰もそんなこと気にしちゃいない。
どうなっちゃってるんだ、って。

大学院時代に、バブルの心理、みたいなことでペーパーを書いたのを思い出した。
アートだろうと、不動産だろうと、株だろうと、バブルは必ず弾けると決まっているのに、なぜ人は過去の例から学べないのだろうか。
自分だけはババをひかない、と思ってるからだろうと思うけど。

インタビューをやっていて思うのは、儲かろうと儲かるまいと、自分の信じた道をぶれずに貫いている人は強い、ということ。
こんな時代のいい所は、自分がやりたいこと、自分がやるべきことを考える良いチャンスだということ。
仕事にかこつけて、毎日、勉強させてもらっているのでありました。
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| アート | 14:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大統領選挙の結末?

昨日、「マケイン陣営のボランティアをしていた白人の女子学生が、マケインのバッジをつけていたことから黒人に襲われた」というニュースがネットを駆け巡った。
保守系のブロガーたちが喜ぶことといったら!

うそだろ~~~~。
と思っていたら、ホントにウソでした。

顔を殴られた、ほおにバラクの「B」の傷をつけられた、といって警察に駆け込んだ20歳の女子学生は、なんと、自分で顔に傷をつけて話をでっちあげたらしい。

みてください、これ。



ばれたポイントは、「B」が逆になっていること。
自分で鏡を見ながら書いたからこうなっちゃったわけです。
オバマのOだったらばれなかったのにね。
というわけで、この女子学生は逮捕されました。

さらにかっこわるいことには、マケイン候補とペイリン女史は、これがでっちあげであることがわかる前に、この学生に電話をして激励したりしていたらしい。
あまりにもおかしいので、昨日のニュースはこのネタでもちきり。

しかし、笑うべきだけのことでもないような気がする。
浅はかな白人が、「黒人に襲われた」と言えば信じてもらえるだろ、と思ったということ自体がとても悲しいことのような。

ここ数日仕事で会った人たちは、口を揃えて
It would be bad if Obama loses
と言っていた。
選挙の11日前にこれだけリードしていて、オバマが負けた日には、民衆は黙っちゃいないだろ、という意味である。
オバマが負けるとイランと戦争になるよ、という人もいる。
ここまでくると、みんな選挙後のことが心配になってきたようです。

しかし、保守系のブロガーたちの間でも、ちょっと負けムードが漂っている。
フォックスのエグゼクティブ、マイケル・ムーディも、昨日の事件についてこう書いている。

If the incident turns out to be a hoax, Senator McCain’s quest for the presidency is over, forever linked to race-baiting.
この事件がでっちあげだということになれば、マケイン上院議員の大統領職に向けた戦いは、「race-baiting」のために永久に終わりだ。
race-baitingというのは、人種問題を軽視する、というか、現実よりも軽いものとして扱うという意味かなと思う。
最近、とみによく聞く言葉であります。
この彼女、はからずもオバマ支援者たちのヒロインになってしまったかもしれません。

| 政治 | 22:22 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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健康に対する権利 ~フランスとアメリカ

フランス人のお偉いさん(日本在住)とご飯を食べる機会があった。
自然な話の流れで、話題は大統領選に、そしてフランスとアメリカの福祉制度の違いになった。
そりゃあ、フランス的システムのほうがいいよね、ということで合意した。
もちろん、一般市民の立場からすると、という話ですが。
フランスでは憲法に、"right to health"が保証されている、と言葉でいうと簡単だけど、その言葉が意味するものは、アメリカに住んでいると、値段がつけられないくらい価値があるものに感じられます。
じゃあなんでアメリカに住んでるの?と聞かれると、他の分野でたくさん良いところがあるからですが。

最近、保険に入っていない状態で、クモ膜下出血で倒れた、という人の話を聞いた。
集中治療室に数週間入っていると、医療費は1億円くらいになってしまうらしい。
なんとか後遺症なく病気を治したとしても、莫大な額の借金を抱えるか、自己破産するしかない、という進むも退くも地獄の状態が待っているわけです。
その話を聞いたとき、とてもやりきれない気持ちになった。

ここしばらく、サラ・ペイリン氏が、“配管工のジョー”が、オバマの社会政策(増税することで富を再分配する、医療保険制度を改革しようとしている)について「社会主義的」と言った、というエピソードをアピールしている。
これだけ財政赤字がどんどん大きくなっているのに、たとえ対象が限られた一部の富裕層であっても、増税=社会主義的、となってしまうのが今のアメリカの現実である。
もちろん、ミドルクラスで保険に入っていない人口が急激に増えていることも、オバマが支持を伸ばしている理由のひとつなのですが。

話を戻すと、くだんのフランス人のお偉いさんは、
「フランスではコンサバティブということになっているけれども、僕は国民の健康は国が保証するべきだと思っているから、アメリカにいたら社会主義者だと言われちゃうね」と笑っていた。
「もちろん、フランスにはフランスで、労働者の権利が保証されすぎている、という問題があるけれど」とただし書きつきで。

ひとつの考え方が、違う国にいくと、まったく違う呼び名で呼ばれてしまう、という不思議な現象の良い例かもしれません。
ブッシュ政権のとった金融機関の救済措置も、これまでの共和党の政策から言ったら、ずいぶん「社会主義的」ということになると思うのだが、そんな現実をまったく無視して、今のアメリカでは、政治的な考え方を「~主義」と呼ぶ手法は、攻撃や批判に使われることが多いわけです。
その考え方にしばられているから、時代の流れにフィットした政策を打ち出せないのでは?と思ってしまうのですが。

そこで気になるのは、愛すべき祖国ニッポンの政府が、ヨーロッパ型モデルとアメリカ型モデルを前にして、アメリカ型モデルの方向に行こうとしている気がしてならないこと。
日本の健康保険システムが、細かい問題はあるにしても、いかに優れているかということは、外に出てみないとわからない。
病気になっても医療費が払えないから病院に行けない、そんな時代がきてもおかしくないことを考えてほしいと切に願います。

| 時事 | 15:03 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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キース・ジャレット、SNL、レターマン、そしてパウエル

昨日の夜は、チケットを持っていた人が具合が悪くなったということで、突然、キース・ジャレット&トリオのコンサートに誘っていただいた。
自分が便乗したことが申し訳なくなるくらいの素敵なコンサートでした。
ほとんど口を開かなかったキース・ジャレットが演奏の合間に言った言葉のひとつにこんなものがあった。
Don't let anybody tell you what energy source we need.
訳しづらいけれど、意味深なヒトコトですね。
最近、天然ガスの会社が、激しいコマーシャルのキャンペーンをやっているので、そのことを言っているのだろうか、といろいろ考えてみたのですが、キース・ジャレット本人が答えをくれないかぎり、答えは出ませんね。
数あるオルタナティブな(石油以外の)資源のなかで、どの資源が石油に変わる存在になるか、という疑問の答えが出るのは相当先だとしても、それぞれの資源に関わる企業が必死にロビイングやマーケティングをやっているわけで、何がいいのか、素人にはとてもわかりづらい。
そんな気持ちをキース・ジャレットが代弁してくれた、というわけです。

何度も書いていることだけど、アメリカに生きていて気がつくことの一つは、ミュージシャンだろうと、アーティストだろうと、政治的な、そして社会的な意見がとてもはっきりしている。
そしてそれが、表現活動にも影響を及ぼしているのでありました。

ちなみにこの週末は、サラ・ペイリン本人が、「サタデー・ナイト・ライブ」に登場して大騒ぎ。
今回の選挙で、ティナ・フェイがサラ・ペイリン役を演じるようになって、いまひとつ停滞気味だった長寿番組の存在価値がものすごくアップしている。
土曜日の視聴率は史上最高だったというから驚きである。
今の時点での一番の勝者は、サタデー・ナイト・ライブかもしれない。
うれしそうな顔で踊るペイリンを見ていたら、選挙が終わっても、この人はこのまま政治の世界で突き進んでいくのだろうなと思ったら、末恐ろしい気持ちに。
きっと、選挙後のことも、ちゃっかりいろいろ考えているのでしょう。

さらに、「デビッド・レターマン・ショー」をキャンセルして、ケイト・コーリックのインタビューに登場して以来、デビッド・レターマンのネタにされていたマケインが、番組に登場して、謝罪した、という“事件”もありました。
金融危機に対応するために、ワシントンに戻らないといけないから、と言い訳していたのに、ニューヨークで一泊していたことがばれ、レターマンをすっかり怒らせてしまったマケイン。
それにしても、大統領候補がコメディアンに謝罪する、という構図がすごい。
夜のトークショーホストたちが持つ影響力の大きさを物語っているのでありました。

もう一つの大ニュースは、コリン・パウエルが、オバマを支持する意思を表明したこと。
パウエルはこれまで共和党員ということになっていたが、今回はオバマに転ぶのではないかとささやかれていた。
日曜朝の人気番組「ミート・ザ・プレス」に登場して、オバマに投票する、と言ったのですが、その理由が良かった。
マケイン陣営のネガティブなトーン、そして、サラ・ペイリン女史が、副大統領になる器ではないのではないか、ということ。
政治理念や支持政党を超えて、国民にものすごく尊敬されているパウエルの言葉だけに重みがある。

それにしても、共和党側の内部からも、サラ・ペイリンの器を疑問視する声があがっているのに、サタデー・ナイト・ライブに登場して喜んでいる場合か、と他人事ながら心配になる。
マケイン陣営のダメなところのひとつは、世の中のムードを読めないところ。
パウエルの言葉を真剣に受け止めて、醜い選挙キャンペーンのムードを変えてほしいものです。



| 有名人/セレブ | 12:50 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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ディベートの意味、あるんでしょうか。

昨日はさすがに気分がのらなくて、ディベートは録画して、早送りしながらみた。
各社の世論調査の結果は、オバマ候補の勝ち。
マケイン候補はついに攻撃に出たが、オバマ候補は終始クールに対応。
全体的に、マケインは感情的で不安定、という印象を残したらしい。

それにしても、3回(プラス、バイデン対ペイリンのディベート)を見たが、ディベートってこんなにつまらなかったっけ?
というのが全体の感想である。
私が1996年に渡米してから、これで大統領選挙は4回目。
来たばかりの頃は、それぞれの候補がもうちょっと感情的になったり、激しい応酬があったり、もうちょっとドラマがあったような気がする。
エンターテイメント性がなくなってきた、というのは、本質的なことではないかもしれないけれど、両候補について、新しいことを学んだか、といえば、そうでもなかったし。

気のせいか?と、政治オタク友達のMに聞いてみたら、彼女もそう思うという。
ディベートの重要性を気にするあまり、大統領候補たちは相当な練習を積む。
そのため、アドリブやドラマの余地がなくなってきたということのようです。
ちなみに、CNNは、ディベート後の世論調査で、「これ以上ディベートを見たいですか」という質問を盛り込んでいた。
見たいと答えたのは32%。見たくない、と答えたのは67%。
これまでのディベートで、知りたいことがわかったし、という理由の人もいるだろうけど、私のように、意味ないじゃん!って思った人も多いのでは?と感じたわけです。

余談ですが、昨日の主役は「プラマー(配管工)のジョー」だった。
オバマの遊説中に「所得25万ドル(日本円にしたら2500万円相当)以上の国民に限り増税する」という方針について質問したというジョー。
マケインが、自分のポリシーは「ジョーのような人たちに増税しない」とコメントしたのを皮切りに、20回くらい言及されてしまったジョー。
急に国民とマスコミの関心の中心に躍り出てしまった。
最初は取材に応じていたが、急に口をつぐんでいる模様。
はた迷惑な話だろう、と想像する。

ちなみに一夜明けてからCNNが報じたところによると、ジョーは、25万ドル相当の企業を買おうとしていただけで、個人の所得は25万ドルもないらしく、つまり増税の対象にならないらしい。
マケインは、オレはジョーの味方、という態度をしていたけれど、マケインの応援は必要ないということです。
そもそも、私の生きている世界では、配管工が25万ドル稼ぐ、という話自体が眉唾である。
マケインの生きている富の世界で、そんなことがありえるとしたら、よっぽど現実の世界と乖離していると思ってしまいました。
全体的にとても滑稽である。

というわけで、ディベート、意味が薄れているような気がします。
期待が大きければ大きいほど、がっかりするもん。
といいながら、やっぱり見てしまうのだけれど。

そして今日のおまけ。
友達のクリエーターYが制作にかかわって、昨日リリースされたオバマがらみのビデオ。



ちょっと愛国主義的すぎてコワい気もするが、友人Yは、アメリカナンバー1的な人ではありません。
念のため。


| 政治 | 07:22 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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アメリカ、イラン攻撃の可能性?

ここ数日、マケインがスピーチのなかで、オバマとウィリアム・エアーズの関係を取り沙汰するたびに、聴衆のなかから「テロリスト!」とか「殺せ!」という声が聞こえる様子が、テレビで何度も流れている。
これをきっかけに、YouTubeをはじめとするインターネットのアウトレットに、マケインのサポーターたちが、オバマをテロリスト扱いしたり、黒人のジャーナリストに差別用語を浴びせたりするシーンをアップロードするのが、小さなムーブメントになっている模様。
草の根ジャーナリスト的な人たちが作っているようです。
見ているだけで、耳を覆いたくなるような感じ。
わざわざ見て、うへっとなりたい人は、YouTubeでMcCain Mobと検索してみてください。

こういうシーンが見られる地域のなかには、私が旅したなかで通った土地もある。
一番極端にオバマを嫌う人たちは、コンサバなエリアのなかでも、コンサバな地域の、さらにそのなかでも、コンサバ度が高く、人種差別とか、ポリティカリー・コレクトネスのコンセプトをわかっていない人なのだろうと思うけれど。
こういう人たちに、それほど出会わなくて良かった・・・

スタインベックの「チャーリーとの旅」に、ニューオリンズで、白人しかいなかった学校に通い始めた黒人の子供たちに罵声を浴びせるために、毎日学校に押し掛ける醜い人たちの様子を見に行くくだりがある。
それから約40年も経っているのに、やっぱり同じ種類の人たちがいるのね。
そしてこの手の人たちは、アメリカの外にもいるし、日本にもいるのだと思う。

と、話がそれたけれど、2004年の選挙でも、ジョン・ケリーが勲章を得るために嘘をついているという根も葉もないネガティブ・キャンペーンが功を奏してしまった、という実例があった。
そう、ネガティブ・キャンペーンは、効果があるんですね、困ったことに。

今回、 “hate”をベースにした選挙運動がうまくいっていないのは、多くの人が、それどころじゃないだろ、と思っているからだと思う。
そんなことより、雇用とか戦争とかを何とかしてくれよ、っていうのが本音だと思う。

というわけで、最新の世論調査では、オバマがリードしています。
ノースキャロライナやバージニアといったコンサバな地域でも、オバマがリードしていたりする。
ここ2日間で発表された州ごとの世論調査で、マケインがリードしているのはジョージアだけ。それも僅差である。
勝負は決まったような感じだけれど、あと選挙まで約20日ある。
何が起きても不思議ではない。

なんて思っていたら。
コンサバの論客で、ウィークリー・スタンダードのエディターであるビル・クリストルが、フォックス・ニュースに出て、おっそろしいことを言った、という話をネットで読んだ。
(フォックス・ニュースは見ないことにしているので)
ブッシュがマケインを後押しするために、選挙の前にイランを攻撃する可能性があるのではないか、という話です。
はっきり攻撃する、と言っているわけではないのだけれど。
見たい人は、ここで見られるのでどうぞ。

今日は、友人Gとの間でも、この話題になった。
そんなことが起きたら内戦になる、というのがGの意見。

さすがにそんなことないだろ・・・・
と、思いたいけれど、これまで何度も「まさか」と思ったことはなんどもある。
まさか、まさか・・・









| 時事 | 15:03 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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フィアー・ファクター

ダウが1万ドル割れ、と言っていたのはつい先週のことなのに、今日は9000ドルを下回った。
「底」はどこなのだろうか。
先が見えない感じが不気味ですね。

友人のM(アメリカ人、女子)は、1ヶ月ほど前に仕事を辞めた。
勤めていたメーカーが、シカゴの競争相手に買収され、同じポジションをオファーされたけれど、迷った挙げ句、やっぱりニューヨークを離れるのはイヤ、と退職金をもらって辞める道を選んだのです。
そもそも、仕事自体に情熱を感じていなかったM。
辞めた直後は、
「しばらくは失業保険も出るし、ゆっくり本当にやりたいことを探すつもり」
なんて言っていた。

先週から用事があって電話をしているのになかなか出ない。
しつこくかけ続けて、ようやく出たMは暗い声を出している。
毎日テレビを見ているうちに、仕事が見つかる可能性が少なそうなことを悟り、履歴書を送った先からまったく返事がなかったために、プチパニックに陥って、そこから鬱状態になってしまったのだという。
「いいじゃん、本当にやりたいことを探すって言ってたんだから」
と慰めたら、
「そんなこと言ってたわよねえ」
とため息をついている。

Mは、のんびりロングバケーションを楽しむ予定だったのに、それから1ヶ月、世相ががらりと変わってしまった。
ニュースを見ているうちに、「やりたいことを探してる場合か!」と焦ったようだ。
典型的なfear factorですね、これ。
確かに、最近のニュースを見ていると、やばい、やばい、やばい!!!という気持ちになってくる。
私も実際、出費をひきしめないと!なんて思っていたわけだし。
もちろん、相当やばいことになっているのだろうけど。
わかりづらいのは、どこまでが本当に「やばい要因」で、どこまでが「パニック」なのか、というところである。

さて。
先日、久しぶりに、とても苦手なパーティーというものに出かけてみた。
50代前半の男性が、小学校時代(50年代後半)の話をしてくれた。
当時は、冷戦の真っ最中。
小学校でも、「冷戦」について教えられていて、避難訓練なんかがあったのだという。
冷戦が、hot warになったとしたら、核兵器が使用されるという前提だったのに、学校で避難訓練というところが今では笑い話だけれど、彼は真剣な顔で
Think about it, our whole culture is based on fear
「考えてもみてよ、アメリカの文化は、すべて恐怖に基づいているんだ」
と言っていた。
いつの時代も、ソ連が核兵器を使いますよ、テロリストがせめて来ますよ、恐慌がやってきますよ、という恐怖のメッセージが、大衆を動かすために使われてきたわけです。

しかしfear factorは両刃の剣であります。
今のような状況ではマイナスも大きい。
それに、サブプライムローンの借り手には、fear factorは使われなかったわけで、危機感の動かし方に失敗しちゃったみたいだ。

日本の報道を見ていて、なんとなく他人事というか、むしろアメリカざまあみろ、というムードが漂っているような印象を受けるのは、私だけでしょうか。
確かにざまあみろ、と思いたくなる気持ちはわかる。
そうはいっても、世界の経済圏がリンクしすぎて、どこの国も無傷ではいられないと思うのだが、あまり危機感がないような。
気のせいかな。
危機感をあおられすぎるのもまずいし、危機感がないのもどうかと思う。
今の状態を冷静に、フラットにジャッジできる政治家、いるのでしょうか。





| 時事 | 12:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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ポール・オースターの描く“別の世界”



旅から帰ってきて、ニュースを横目で見ながら、ポール・オースターの新作を読んだ。
「The Man In The Dark」というタイトル。

現実の世界と平行した別の世界があって、そっちの世界は、2000年の大統領選挙(ブッシュ/ゴア)から別の道を辿る。
911は起きないかわりに、選挙の結果に腹を立てたニューヨークが、連邦から独立する。
それにマサチューセッツやニューハンプシャーといった北東の州が加わって、新しい国を建国する。
そして、オレゴン、ワシントン、カリフォルニアも別の国を建国する。
アメリカが3つの国に分かれて内戦が起きている、というストーリーである。
いやはや。

内陸のアメリカ、つまり共和党の支持基盤と、両脇のアメリカ、つまり民主党の支持基盤の価値観があまりにも違うので、そんなに違うなら別の国になってしまえばいいのに、と思ったことは何度もあるけれど、分かれるとなると、やっぱり戦いになってしまうのだろうか。
と、あまりに非現実的ではあるけれど、なかなかに面白いシナリオである。
そうはいっても、ポール・オースターなわけで、メインのストーリーは、主役の人生なのですが。

ここ1週間くらい、金融危機がさらに進んで、ニュースの大半を占めているけれど、それと同時に、世論調査の内容に変化がでてきた。
共和党が強いはずの州で、オバマが支持を伸ばしているし、これまであまり動かなかった50歳以上の層(つまり、株や不動産といった財産がどんどん減っているのを不安に思っている層)が、少しずつオバマに流れている。
現状はこんな感じ。
http://www.realclearpolitics.com/epolls/maps/obama_vs_mccain/

というわけで、マケイン陣営が焦っているようです。
今日は、ついに、過激なネガティブ・キャンペーンに乗り出した。
きっかけは、ウィリアムズ・エアーズという人物とオバマの関係を取りざたしたニューヨークタイムズ(4日付)の記事。
エアーズという人物は、イリノイ大学シカゴ校の教授で、60年代にラディカルで暴力的な政治団体に属していた。
マケイン陣営が、これに飛びついた。
サラ・ペイリンの今日の発言。
Our opponent ... is someone who sees America, it seems, as being so imperfect, imperfect enough, that he's palling around with terrorists who would target their own country
「敵方(オバマ)は、アメリカを不完全なものだと考えるあまり、自分の国を標的にするテロリストと友達付き合いをしているようだ」
pallingというのは、友達という意味のpalからきているようです。

オバマとテロリストに深い関係があるような言い草である。
ちなみに、その後の報道を見ていると、このエアーズ氏とオバマは、貧困と戦うシカゴのチャリティの役員を同じ時期につとめた、というだけの関係でしかないらしい。
ひどいもんです。

マケインは、「典型的な政治家ではない」ということを売りにしてきた。
ブッシュと共和党候補の座を争ったときには、ブッシュ陣営のネガティブ・キャンペーンの餌食になった人でもある。
卑怯な選挙運動はしない、と何度も言ってきたのに、さすがにここまできて冷静さを失ってしまったのだろうか。

景気の先行きが不安定になると、マケインには決定的な弱みがある。
それは、彼がケタの違うお金持ちだということです。
家を何軒所有しているのか、という質問に答えられなかった、というエピソードは有名です。
金融不安とともに、自分がじりじり負けそうになっているのをみて、必死に景気から話題をそらそうとしている。

ついに、「オバマ=テロリスト」戦略に出たマケインを見ていると、お互いを叩き合う2大政党の政治家が住んでいる世界と、普通の人たちが、家を失ったり、仕事を失ったり、財産がどんどん目減りして不安に感じている世界がまったく別の場所に存在しているような気がする。

アメリカを一周して、乖離しているのは、両岸と内陸ではなくて、メインストリームのマスコミが映し出す「アメリカ」と、普通の人たちの暮らしなのではないかと感じた。
ポール・オースターが描いた「別の世界」とはちょっと違うけれど。

なんだかなあ。
こんな大変なときに、叩き合っている場合か、って本当に悲しくなってきた。
ひとつわかっているのは、選挙が終わったところで、普通の人々を待っているのは、さらに厳しい現実であるということ。

| 時事 | 15:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サラ・ペイリンと「ガッチャ・ジャーナリズム」

オブセッションとは恐ろしいものです。
やらなければいけないことをすべて後回しにして、ディベートを見てしまった。
何が私をそうさせたかというと、サラ・ペイリン知事が、今日の討論会で、何かまたパンチラインになるようなことを提供してくれるのではないか、という期待であります。
ケイティ・コーリックのインタビュー以来、コメディ界のサンドバック状態になっていたサラ・ペイリン女史ですが、今日のディベートではなかなか健闘していた。
よくよく聞くと、同じことばかりを繰り返していたり、実は中身がないことを言っていたり、突っ込みどころ満載であったけれど。

しかし、サラがどれだけがんばっても、弁が立つことで有名なバイデンもやっぱり手強く、終止笑顔で、余裕たっぷり。
インディペンデント層の心を動かすようなポイントもなかったし、何が変わったかというと、何も変わっていないようです。
結局のところ、金融不安は共和党には不利だし、やっぱり副大統領候補はその程度の存在なのであります。
一番がっかりしているのは、笑いのつぼを探していたコメディアンたちかもしれない。

ところで。
ケイティ・コーリックのインタビューには、「復活戦」があった。
父親のように見守るジョン・マケインの横で、もう一度インタビューに答えるサラ・ペイリン。
そしてマケインが、サラ・ペイリンの過去の失言をとりあげたメディアのやり方を「Gotcha journalism」だと批判した。
日本語にすると「してやったりジャーナリズム」という感じでしょうか。
取材対象にとって不利になるような発言を引き出して、そこをクローズアップする手法のことを言うようです。
「どんな新聞や雑誌を読んでいるんですか?」と聞かれて、特定のメディアの名前をあげられなかったサラの姿を何度もオンエアしたメディアのやり方が、Gotcha journalismかどうかは微妙である。

調べてみたら、Gotcha journalismは、フォークランド紛争のときに、イギリスのタブロイド「ザ・サン」が使った見出しが語源らしい。
サラのおかげで一つ新しいことを学んだのでありました。





| メディア | 16:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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