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グラミー賞、Avatar、そしてHurt Locker

長い間、ご無沙汰してしまいました。
新年はやる気あったのにな、どうしたんだろう。
Twitterのせいかな。
全く更新していないのに、みにきてくださるみなさん、ありがとう。
これからはもうちょっとがんばります。

週末、グラミー賞を見た。
この手の賞番組(グラミー、オスカー、エミー)って、なんか見ないといけない、みたいな強迫観念がある。
やっぱり、職業柄、流行っているものは知っていないといけないような気もするし、あとでネットや新聞でみても、いまひとつ何があったのかわからないので、なかば義務感で見ている。
特に今年は、マイケル・ジャクソンのトリビュートもあるしな、という言い訳もあって、たまたま自宅にいたので全部ばっちりみたのである。

結果、めっちゃ脱力した。
女性陣の衣装をとっても、誰が一番注目されるかコンテスト、または誰が一番裸に近いかコンテストみたいなことになっていて美しいと思えないし、だいたい評価されている音楽の意味がほとんどわからないし、あがった瞬間といえば、スティービー・ニックスやスラッシュがでてきた瞬間だけで、自分の年を再認識しちゃったりして、ようは自分がどんどんメインストリームをわからなくなっていることを確認するだけの作業になってしまったのでありました。

そして、今日、アカデミー賞の候補が発表になりましたね。
私は映画をまめに見ているほうだとは決していえないと思うのだが、たまたま本命の「Avatar」は昨日の夜かなり遅れてみにいったし、大穴の「Hurt Locker」は先週DVDでみたところであった。

ちなみに「Avatar」の予告をみたときには、「あほか」と思い、レビューを読んで「宗教くさい」と思い、見なくていいだろ、と一度は思ったが、あまりに周りの人々が「絶対行ったほうがいい」というので、ついに劇場まで行ったわけです。
ほら、見ないであれこれいうの、よくないと思って。

いや、確かによくできてますよね。
3Dも、グラフィックも確かにすごい。
夢中でみたし、2時間半あっというまではあった。
が、既視感はあるし(ラピュタ?)、ストーリー展開もなんか無理がある気がして。
最後の感動させるためのシーンではつい吹き出しそうになってしまい、なんとかぐっとこらえたが、遠くで笑い声が聞こえてほっとするありさまである。

でも何が苦手かといって、あのこれでもかこれでもかと言わんばかりのメッセージ性が苦手。
ジェームス・キャメロンはもちろん彼なりの信念をもってあの映画を作ったのだろうし、なんなら言っていることは正しいのだろうとも思う。
ただメッセージ性が強い映画に、軽くうんざりしはじめたのかもしれない。

ちょっと話は離れるけど、今日地下鉄のホームでハンドバッグの中身をぶちまけてしまった。
すかさず所持品を拾うのを助けてくれたヒスパニックのおじさん。
そして、私たちが電車に乗り込めるように、ドアをおさえてくれている白人のおじさん。
電車に乗り遅れることもなく、ニューヨークって、こういうのがいいのよねー、なんておもいつつ、二人にお礼を言ったら、ヒスパニックのおじさんが「グッド・チームワークだったよね」と言う。
今度は白人のおじさんが「We are The United Nations」という。
はは(苦笑)、とにかくありがと、といって会話を終えようとしたら、
「We are The United Nations」と、またしつこくいうのである。
ついビッチーに
「I heard you the fist time」なんてむっつりいっちゃったけど。
これ、ジェームス・キャメロンに軽く感じてしまう違和感にちょっと似ている。

そして「Hurt Locker」。
こっちも、ちょっとどうなの、その陳腐なセリフは、と突っ込みを入れたくなる場面はちらほらあったものの、全体的にはすごく良かった。
良かったのは、たぶん淡々としているからだと思う。
戦場にいる登場人物を追っているけれど、それについてどう思うかはオーディエンスが決めればいい、みたいな距離感が新鮮だった。
そしてあとになってから、低予算だったこととか、女性が監督(しかもキャメロンの元嫁)だということを知って、ますます感心したわけである。

オスカーの候補リストをみていて、この2作品が、ノミネーションの数でトップを争っていることがなんだか象徴的な気がしました。
(ちなみにグラミーを見ていると、音楽業界の主流でこういう対決が見られること自体がもうなくなってしまったような気がしてむなしい)
そして、アンダードッグである「Hurt Locker」にがんばってほしい。
どれだけ結果は見えていても。












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| カルチャー | 15:00 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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ジョージア・オキーフと長尾智子さん



3月にニューメキシコに行った取材が、雑誌にの記事になりました(ちょっと遅いけど)。
今回のお仕事は、長尾智子さんの同行取材。
私は原稿は書いていないけれど、長尾さんがとても素敵な記事を書いているので、ぜひみてみてください。

テーマは、ジョージア・オキーフのキッチン。
ジョージア・オキーフといえば、デパート的なアート、というイメージを想像している人も多いと思う。
私も、何年か前に、ニューメキシコのアビキューという村で、オキーフが残した家をたずねるまでは、過剰に女性的で親しみやすすぎるアート、という印象を持っていた。
わかりやすすぎる、というか、軽やかすぎる、というか。

でも、実際のところ、彼女が残した作品をきちんとみると、奥の深さにびっくりするし、この人のことを読めば読むほど、いろんな意味で時代の先を先を生きていた人なのだということがよくわかる。
女性としても、アーティストとしても、一人の人間としても。
彼女が残した言葉を読むと、こんな時代にこんなこと言ってたんだとか、へ~となってしまうことも多い。

今回の長尾さんの取材では、オキーフが残したキッチンやレシピがテーマになっているのだけれど、ナチュラルとか、オーガニックという言葉が注目されるずっと前から、オキーフがかぎりなく自給自足に近いオーガニックな食生活を実践していたことがわかった。
自分が持っている印象なんて、いい加減なものである。ほんとに。

さて、今回の旅では長尾智子さんに同行させていただいたわけですが、おかげで新しいことをいっぱい学んだ。
トマトとにんじんが嫌いです~、とくそガキのようなことを言う私に、嫌いを克服するレシピを教えてくださった天使のような長尾さん。
やってみたらホントにおいしくて、味をしめた私は、長尾さんの本をがしがし購入。
長尾さんのレシピは、素材の楽しみ方に重点がおかれているので、料理がすっかり楽しくなった。

思えば、私の書くものには、ほとんど食文化のことが入ってこない。
おいしい、まずい、以外のボキャブラリーに自信がないということもあるし、奥が深すぎて、触らないほうがいいと本能的に避けている部分もある。
が、長尾さんとのおしゃべりで、食というものをいろんな国や文化のカルチャーから考えてみると、とてもおもしろいということに気がついた。
つくづく自分が知っていることなんて、ほんとに少ないんだなと実感。
ちなみに長尾さんの本は、私のように働いていて、あまり時間がなく、料理にこれまで興味が薄かったという女性に大人気なのだとか。
料理嫌い、時間がない、と思っている人は試してみてください。




| カルチャー | 09:01 | comments(-) | trackbacks:1 | TOP↑

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アニー・リーボヴィッツ再考 



先日とはうってかわって、今週は、レッド・カーペットのパーティに行ってきました。
International Center of Photography のInfinity Awards。
なんで、私がそんな大それた会によんでいただけたかというと、仲良しの川内倫子さんが賞を受賞したから。
珍しくドレスなんて着て出かけたりして。
とても誇らしい夜でした。
写真はパンフレットなんだけど、iphoneで撮ったらぼけぼけですね。
ごめんなさい。

余談ですが、途中で会場の外の空気を吸っていたら、ちょっといい男がやってきた。
立ち話をして、自己紹介する流れになった。
そしたら、なんと相手はクレイグ・マクディーンであった。
びびりました。はい。

今回は、木村伊兵衛賞を受賞した志賀理江子さんや、アニー・リーボヴィッツ様も賞を受賞した。
名前を知っていたり、仕事をみたことがあったりするフォトグラファーが多いなかで、letizia battagliaさんというイタリア人の女性も賞を受賞していた。
この人、すごい。
パレルモのマフィアまわりの話を追いかけ続けた人。
彼女の仕事をまとめたビデオをみているだけで、涙がうるうると出そうになった。
ぜひぐぐってください。

ちなみに、川内倫子さんが受賞ビデオのなかで、本を作ることの楽しみについて語ったのだけれど、それをうけて、アニー・リーボヴィッツも、スピーチのなかで本を作る喜びについて、
They let you fly
と言っていた。
空も飛べるほどの喜び。
と訳すと意訳だと思うけれど素敵なフレーズである。

そして、功労賞を受賞したアニー・リーボヴィッツさま。
私、この人のことが今まであまり好きじゃなかった。
(彼女のパートナーだったスーザン・ソンタグはとても好き。難解だけど)
ものすごくコマーシャルな世界を、抵抗なく受け入れているように見える感じが。
あくまでも、見えるって話ですが。
でも、彼女の若い頃のビデオをみていたら、当時、女性のフォトグラファーたちは、仕事も少なかったし、お金もなかったために、スタジオでの撮影はほとんどできず、ルポタージュばっかりを撮っていた、というくだりがあって、そうだ、この人も、いろんなことをがしがしとかきわけてここまでやってきたのだなと初めて気がついた。
私たちがこうやって仕事をできるのも、letizia battagliaさんやアニー・リーボヴィッツさんがいたおかげなのでした。
ちなみに、アニー・リーボヴィッツさまの真髄は、ポートレートより若い頃のルポタージュのほうにあるような気がします。
好きじゃない、と思っている人、探してみてください。


| カルチャー | 01:06 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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DO IT YOURSELFのススメ

明けたばかりのこの週末は、再び激しいパーティー・ウィークエンドでありました。
というのも、大好きなお友達のバンド「USAISAMONSTER」が、ほんとにほんとにこれっきり、という最後のライブをやったからである。

先週末のデッドの感動を吹き飛ばすようなものすごいライブ。
ほぼ15年ぶりに、モッシュピットに巻き込まれてみた。
いや、入っていくつもりはなかったのですが、背が低いと、周りの人が、「前においでよ」と押し出してくれるので気がついたら一番前にいて、ショーが始まったら背後でモッシュが始まってしまったわけです。
若い頃そういうことを一緒にやっていた友達に言ったら、まだそんなことやってんの?とあきれられそうである。

あんな怒濤の群衆のなかに入ったのは久しぶり、とつぶやいてみたら、周りの同世代から「おれも」という答えが次々と帰ってきた。
オトナになっても、きっと誰もが時々は解放してあげないといけない何かを抱えて生きているのだと思う。

YouTubeで週末のライブを探してみたが、まだアップされていないようなので、1月のライブを。

アップされたら、更新します。
最後のライブのモッシュは、これより全然激しかったけど。

インディーの世界ではちょっとした伝説といわれるこのバンド。
初めてみたときから、なんでこのバンドはこんなにすごいのに、メジャーじゃないんだろう、と感じてきた。
彼らを知るにつれ、そうか、自分マーケティングが苦手なんだな、ということがわかってきた。
インターネットも強くないらしいし。
たまにmyspaceをチェックしても、更新してないじゃん、っていうことも多かった。
解散ライブ直前に、ビレッジ・ボイスに「解散すんなよ~」みたいな記事も出た。
ずっと二人でやってきたバンドに、最後のツアーの前に、キーボードが2人加わって、さらにパワーアップして、人気が爆発しかけていた最中だっただけに、とても残念。

最近、といっても、ちょっと前からですが、ブルックリンまわりで、Do it yourselfスタイルのライブハウスが盛り上がっている。
廃墟のような場所を使って、夜通しライブをやる。
ラインアップを決めるのも、仕切りも、ミュージシャンが自分たちでやる。
Monster の最後のライブも、やつらの友達のバンドやDJが全米からわんさか参加して、ロックあり、ヒップホップありの混沌とした夜になった。
JuiceboxxxAwsome Color などなど9バンドのあと、最後はDre Skullのセットで締め。
始まったのは7時、終わったのは4時、という長い長い夜。
最後までインディーを貫き通したMonsterにふさわしい幕のおろし方だったのかもしれない。

翌日は、打ち上げを兼ねたホームパーティによんでいただいた。
同世代のミュージシャンやアーティストたちが集まって、それぞれが持ち寄ったご飯を食べながらののんびりした夜。
最後には、ふだんロックをやっている人たちがバイオリンを弾いたりして。
こんなに楽しいことが続くと、ばちがあたるのではないか、と思ってしまうほど。

35にもなると、自分が10代、20代に経験したような激しく楽しい思いをすることはもうないだろう、という諦めに似た気持ちがある。
でも、今回、諦める必要はないんだ、と気がついた。
違いといえば、何をしても楽しく思えた若い頃と違って、楽しい時間は探しにいかないと見つからない、ということかもしれない。

MTVやハリウッドが主導するエンターテイメント業界のせいで、音楽カルチャーがフラットになってしまった、と思っていたが、だからといって、音楽シーンが死んだ、というわけではないのだった、ということにも気がついた。
音楽以外の分野でもきっとそうなのだと思う。
おもしろいことは確実に起きている。
でも探しにいかないと見つからないし、周りを見回して、おもしろいことが見つからなかったら、自分で作るしかない。
DO IT YOURSELFの精神で。
そんなことをMonsterに教えてもらったような気がします。

| カルチャー | 01:02 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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バーニー・マドフとユダヤ人のキモチ。

しばらくたまっていた雑誌類を整理していたら、ニューヨーカー誌の3月30日号に、ウッディ・アレンが書いた「Tails of Manhattan」というショートストーリーを発見した(遅いけど)。

巨額の詐欺事件で逮捕されたバーニー・マドフ(英語ではメイドフと発音します)のぺてんにかかり、死に追いやられた被害者が、ロブスターに生まれ変わり、マドフをやっつけるというストーリー。
テーマは復讐だけど、ユーモラスでかわいらしい感じに描かれている。
ちなみにタイトルに「tale(物語)」ではなく、「tail(尾っぽ)」が使われているところもかわいいでしょ。



バーニー・マドフの詐欺事件は日本でも一時ニュースになったようですね。
被害にあったのが、金融関係者や投資家だけでなくて、セレブや教育機関、チャリティー団体と多岐にわたったこともあって、こっちではいまだにマドフ事件のニュースを目にしない日はないというくらい。
(写真は、ストリートで見つけたグラフィティ)。

ウッディ・アレンは被害者だっけ?と思って調べてみたけれど、そうだという話は見つからない。
すべての被害者が明らかになっているわけではないので、本当のところはわからない。

しばらく前にアカデミー賞での日本人のスピーチにちょっとがっかりしたという話を書いたけれど、その話を、ニューヨークの代理父のような存在であるマーク(もうすぐ60歳、ユダヤ系)としたときに、
「そのときのきみの気持ちは、マドフを見て、がっかりする僕たちの気持ちと一緒かな?」
と聞かれた。
同じユダヤ系アメリカ人がへまをしたり、悪さをすたるするのを見ると、ものすごくがっかりするし、腹が立つし、その気持ちは言葉にあらわせるようなものではない、という話をしてくれた。
アメリカのユダヤ人の大半が俺と同じ気持ちを味わってるはずだ、って。

うーん、それはちょっと違うと思う、と答えた。
だって、私が育った場所には、悪い日本人も良い日本人もいたわけで。
そうか、そういえば、イスラエルに初めて行ったときにはびっくりしたもんな。警官も売春婦もユダヤ人じゃないか!って。
ほぼ単一民族でうまっている国で育った人間と、メルティングポットで育った人間の違いだね、という結論でその会話は終わった。

ウッディ・アレンも、そんな気持ちでこのショートストーリーを書いたのかもしれない。
ウッディのショートストーリーは、ここに全文で紹介されています。
不運な事態をユーモアで描くことにかけては天下一品ですね。

| カルチャー | 07:59 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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