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リトルピープルの逆襲

昨日、家族に電話をしたら、父親に「ブログも更新しなさいよ、みんながツイッター見てるわけじゃないんだから」と言われた。
やっぱりパパさまには、ツイッターはちょっと遠い存在のようです。

ツイッターを始めたことで、すっかりブログの更新の頻度が滞っているのはもちろん偶然ではなく、ツイッターというマスターベーションですっかり自己表現欲が満足させられてしまっているからかと思われます。
そして、ツイッターを始めたことで(というか、TweetDeckというソフトを導入したことで)私の情報の収集方法も劇的に変わったのでありました。

知らない人のために解説すると、TweetDeckというソフトは、ツイッターの情報をモニターに流してくれるアプリケーション。
私がフォローしている人のツイートが流れるたびに電子音がするのだけれど、それがロイター時代に机の上にあった端末の音によく似ている。
そして、ロイターが世界中に抱える記者たちが発信する記事が流れていたのと同じくらいの頻度でその音がするのです。違うのは、情報の発信者がものすごく多様だということ。
要は、TweetDeckのおかげで、わざわざブラウザをひらかなくても、ファイナンシャル・タイムズの見出しも、CNNの速報も、オバマ大統領のメッセージも、ほりえもんのつぶやきも、知り合いの編集者の愚痴も、Snoop Doggy Dogの日常の一コマも、同じ画面にじゃんじゃか流れてくるということです。
ファッションの話題も、金融のニュースも、セレブのスキャンダルも、同じテンションで流れてくる。
ものすごく多様だし、民主的な感じがする。

情報の送り手としては、書きたいことを140字におさめるというチャレンジがあって、これもなかなかにおもしろい。
プロだろうと、プロでなかろうと、ほぼ同じ場所で発言できる、というのも新鮮。
夢中になるポイント、満載な感じである。

が、もちろん危険もあって、やっているうちに、自分の頭のなかの動きが断片的になってしまう。
何かをきちんと推敲する前に発信してしまうこともあって、それはそれで「つぶやき」の醍醐味なんだろうけれど、それは怖いことでもあったりするのです。
先日、クオンタムリープの出井伸之氏とお会いするチャンスがあったときに、ツイッターに夢中です、と言ったら、
「微視(ミクロ)もいいけど巨視(マクロ)を忘れちゃだめだよ」
と言われた。
マクロを忘れかけていたので、ぎくっとなった。

と、余談が長くなったけれど、ここからが本題。
最近、この大きな世界のなかで、インディな方法で何かをやろうとしている仲間たち(リトル・ピープルと呼んでいるのだが)のことをよく考えています。
きっかけは、友人まぎこが作って、私もちょっぴり協力したビデオの手法が、ペプシのCMにぱくられたことである(詳しくはこちら)。
SourというバンドのPVとして作られたこのビデオは、日本でもなかなか好評で賞までとったらしいのだが、間接的に聞いたところによると、それ以来、さんざんいろんなところでぱくられているのだとか。
まあぱくられるということは、それはそれで名誉なことかもしれないが、ペプシのCMを作ったTBWAのように、リソースもお金もたくさんあるようなところが、何もインディからぱくらなくてもいいではないかと思う。

そんなタイミングで、元祖草の根運動家系ビデオ・ジャーナリストであるジョン・アルパートさんに、6年ぶりくらいに取材に行った。
ずいぶんお年ではあるが、今も同じ情熱で戦いを続けているアルパートさんと、テクノロジーの進歩の話になった。
アルパートさんは、テクノロジーが進化して、機材も安くなって、発信する場所も増えたけれど、情報の発信者が多様化されたことで、その分リソースも分散されてしまい、自分のような人間が創作活動を続けるための資金繰りが難しくなってきた、という話をしてくれた。
年もとったし、誰よりも早く現場に駆けつけることも難しくなった、テクノロジーの進歩でできることは増えたけど、昔よりイージーになったとはいえないね、って。
時代が変わったことで、大手テレビ局に買ってもらわなくても作品を発表できるようになったけれど、かといって金銭的な課題は厳然と存在する、ということである。

この問題は、私にとっても死活問題である。
紙の媒体がどんどん売れなくなると同時に、無料で手に入れることができる情報がこれだけ増えた今となっては、自分が「書く」という作業でご飯を食べられていること自体が奇跡的な感じがする。
インターネットの発展とともに、無料で得られる情報の量はどんどん増えた。
しかし既存のメディアやインターネットが登場する前から情報で食べてきた人間からすると、これからどうやってお金を稼いでいけばいいのだろうという課題だけが残ったわけです。

そんなことを悶々と考えているタイミングで、出井氏にお会いした。
そしてここぞとばかりに、そろそろバイトとか考えたほうがいいですかね?と質問をぶつけてみた。
出井さんは、「黙っていても、ネットでの表現行為に値段がつく時代がやってくるから大丈夫だよ」と言ってくれた。
そのときは、かなり懐疑的だった私。
しかし、何日か経ってから、もしかするとiPadがリトルピープルの未来なのではないかという気がしてきた。
インディのミュージシャンたちがアマゾンやiTunesでレーベルを通さずにMP3を売れるようになったのと同じように。
って、これ、私が気がついたのが遅いのかな?
もしかして、みんな気がついてた?
というわけで、久しぶりに、メディアの未来にちょっとだけ光が見えたような気がするのでした。








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| メディア | 15:15 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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Gone Too Far

そもそもテレビ番組をマメに見たりするのは苦手なのですが、最近、ちょっとはまっていた番組があります。
MTVの「Gone Too Far」。
8月にオーバードーズで亡くなったDJ AMが、ドラッグ中毒の若者が、ドラッグを断ち切ろうとするのを助ける、というドキュメンタリーである。

この番組に登場する子たちの中毒は相当深刻で、たとえばいわゆる違法ドラッグと処方箋ドラッグを併用していたり、家族からお金を盗んだり、子供の面倒を見ている最中にきまってしまったり、まあとにかく見ていて壮絶な感じである。
そこへ家族に助けを求められたDJ AMがやってきて、インターベンション(介入)を経て、彼らをリハビリに連れて行く。
そのまま話がすんなり進むことはあまりなくて、リハビリを抜け出そうとしたり、黙って帰宅して、ドラッグを買いにいってしまう子がいたりする。
リハビリを強制することはもちろんできないので、そういうことが起きると、DJ AMはがっかりしたり、怒ったりするんだけど、見ているだけでものすごく辛そうな感じなのである。
疲れているときに見たりすると、さらに疲れちゃったりして。

DJ AMが死んでしまったのは、この番組の撮影がまだ進行している最中だった。
しかも、DJ AMといえば、元中毒者の模範生、というイメージが強かったので、私は別に彼のことを好きだったというわけじゃないのだが、それでもやっぱりびっくりした。
そして、MTVがこの番組を放映すると決めたときは、ちょっとした騒ぎになった。

私が知っている人のなかにも、「元中毒者」という人が何人かいて、そのなかに、10年以上ヘロイン中毒だったというRという人がいる。
彼はその過去をものすごくオープンにしていて、私も知り合ってかなり早い段階で「オレ、元ヘロイン中毒なんだ」と打ち明けられた。
そして、リハビリでヘロインをやめてからもう10年以上経った今も、週に1度は必ず『AAミーティング』という元中毒者のための会合に出席するし、お酒もタバコもいっさい口にしない。
たまにパーティやイベントでRと出くわすと、コーラを飲んでいるので、お酒を飲んでいる自分が申し訳なくなったりするのだが、そういう彼を見ていると、ドラッグを断ち切るプロセスは、一生続くのだなと思ってしまう。

最近、別の昔の友達Jが施設に入ったと聞いた。
彼は何年か前にニューヨークを出て行ってしまったので、最近あまり連絡をとっていなかったのだけれど、何年か前に出張で近くにいったときにご飯を食べたら、あまりにやせ細っていてびっくりしたことがあった。
彼の場合はドラッグ中毒ではなくて、問題は摂食障害だったのだけれど、あまりにも事態が深刻になったため、ドラッグ中毒の家族がやるように、友達がインターベンションを決行し、リハビリにつれていった。
今は着実に回復しているというのだけれど、彼も、やっぱり『AAミーティング』に通っていると聞いて、ちょっと驚いた。
『AAミーティング』は、摂食障害にも役に立つらしいのです。

こういう話を聞いていると、ドラッグ問題に一番必要なのは、こういうサポートシステムの構築なのかなという気がします。
違法ドラッグというと、それだけで顔をしかめる人がいるけれど、一度中毒に陥ってしまった人の苦しみにはなかなかスポットがあたらない。
「Gone Too Far」を見ると、気がめいったりもするのだけれど、こういう番組をつくることにはやっぱり意義があるという気がするし、「ドラッグ反対!」と単純に思っている人にぜひみてほしい気がする。
日本では見られないのかな、と思ってYouTubeで検索してみたけれど、やっぱり見つからない。
残念。


(追記)『AAミーティング』ってなに?という質問を受けたので、付け足し。
AAは、Alcoholics Anonymousの略で、アルコール中毒者がお互いをサポートするために発足した会合のこと。
詳しくは、英語ですが、ここにでています。
映画「ファイトクラブ」にも登場しましたね。





| メディア | 11:03 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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Twitterのススメ

最近、ブログの更新が滞りがち。
なぜかというと、やっぱり、考えていることや、発見したことを、Twitterで出しているので、ブログを書かないと!みたいな衝動が少なくなっているのかもしれない。

以前、私はTwitterを「よくわからん」と書いたことがあったけれど、やってみるとこれほど便利な情報ツールはないような気がしてきた。
そして、周りの人間を見ても、「この人って、先見てるよな」と思う人は、みんなTwitterを使っている気がする。

特に、お友達KくんのススメでTwitterDeckというアプリケーションを使い始めてからは、コンピュータ起動しているだけで、ニュースががんがん入ってくるし、政治家とか有名人のTweetも見られるし、東京のお友達ともいつもつながっているような気になるので、すっかりはまっています。
見るだけの使い方もありだと思う。
そうはいっても、もともとマメな性格じゃないので、いきなりしばらく放置したりもしているのだが。

そういえば、MySpaceが最近不調で、激しくレイオフなどを繰り返しているという話を聞いた。
私は、MySpaceを、見るだけ専門で使っていたのだが、最近では、音楽を見に行くときとかに、事前にチェックするくらいの使い方しかしていない。
こうやってコミュニケーションの方法が増えてくると、当然古くなるものが出てくるのも当たり前なわけで、MySpaceがそうなってしまったのも、時代のひとつの流れという気がする。
とすると、来年の今頃は、Facebookすら使っていなかったりして、なんて考えたりもします。

というわけで、Twitterのススメ。
やっている人は、お友達になりましょー。

| メディア | 06:50 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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日本とドラッグの不思議な関係 パート2

のリピーが逮捕されたときから、あるだろうとは思っていたが、その後の激しい魔女狩り。
あまりにばかばかしいので、こんなブログを書くのもどうかと思っていたが、だんだん看過できない感じになってきた。

事務所が検査をしたりするのも、CMなんかにからむ経済的なリスクを考えるとわかる。
警察が調べるのもわかる。
でも、どの芸能人が”クサい”か騒ぎ立てるマスコミを見ていると、ほんとにげんなりする。

ちなみに一番びっくりした記事はこれ
高校生のときにクサを吸っていた、と「告白」した高城剛氏のことを、「きな臭い証拠がそろっている」と決めつけるの、どうですか。
こういうことを書いたり、報道したりするために使われているリソース、無駄な気がします。
ま、読みたいと思う読者がいるのだろうから、まったく無駄ではないのかもしれないけれど。

ちょっと前に、テレビでオリバー・ストーンのインタビューを見ていたら、ビル・マーに
「あなたの映画には、麻薬がよく出てきますね?」
と聞かれたストーンが、
“ I wouldn’t be here if it weren’t for drugs”
(麻薬がなかったら、今ここにいないよ)
と言っていた。

だからと言って、オリバー・ストーンの家に家宅捜査が入った話なんて聞かないし、誰も騒ぎ立てない。
この間、死んでしまったダッシュ・スノウが、ヘロインにはまっていたことは、相当多くの人間が知っていたと思うけれど、だからといって、大騒ぎしたりしない。
だから死んでしまった、ということでもあるのだが、そういうことも含めて、自己責任でやれよ、ということなんだと思う。
もっというと、オリバー・ストーンが言うように、麻薬の存在がなかったら、この世の中に出てこなかったはずのものがたくさん、たくさんあるのである。

高城剛さんが、覚醒剤やってたとしても、誰にも迷惑かけたわけじゃないだろ、と思うのはおかしいのかな。
のりピーは、逮捕されて、イメージが悪くなりました、仕事がなくなりました、というのは自己責任ってことで、そろそろ魔女狩りは終わりにしませんか。

| メディア | 08:19 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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帰省して思ったこと

慌ただしい里帰りからニューヨークに戻ってきました。
半年ぶりの帰国。
アメリカのiPhoneが日本では使えないのですっかりアナログな人間になってしまった。
民主党が政権をとっていたり、のりピー事件があったりして、思うことは多々あったけれど、今日は、帰国直前にに渋谷駅で見た広告について。



雑誌の広告化が進んでいるとはいえ、ここまできたかと軽くショックを受けた。
雑誌の広告のはずなのに、商品の広告。
もちろん雑誌自体には、それなりのコンテンツがあるのかもしれないけれど、これ、いいんですか?

ところでちょっと話はそれるけれど、1ヶ月ほど前に、ニューヨークで、原宿のvacantというイベントスペースをやっているという大神崇さんという人を紹介された。
話をしてみると、ニューヨークのアートシーンの話にも、音楽シーンについても、とても詳しい様子で、すごい情報力だと感心してしまった。

たまたま、帰省中に、club king が主催した写真家の若木信吾さんとエディターの野村訓市くんのトークショーに誘っていただいたので出かけてみたところ、場所がそのvacantだったわけです。
水曜日の夜なのに、学生らしき人から、カルチャー系の人まで、大勢の人が続々と集まってくるのを見て驚いた。
雑誌の業界にいると、「最近の人はカルチャーに興味がなくて」みたいな言葉を耳にすることが多いのだが、その様子を見ていたら、そんなことないじゃん、と思った。
別の場所では、飲食店である音楽イベントをやるのに、ブログで告知しただけで150人が集まり、その夜はCDが飛ぶように売れた、という話を聞いた。
最近の人はカルチャーに興味がないんですよ、というのは、自分も含めて、作る側の言い訳でしかないような気がする。
おもしろいことを探している人はわんさかいるはず。
メディアが、おもしろいことを探している層に届けていないだけなのかも。

自分が「おもしろい」と思うことが、ニッチすぎて紙媒体に紹介できないことがよくある。
だからといってやらない、というのは言い訳にすぎないんだよなー。

というわけで、やる気でました、はい。
帰るたびに言っているような気がするけれど。
今日からまたがんばります。

| メディア | 12:15 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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記者クラブ開放?

しつこいようだが、Tumblr。
なぜはまっているかというと、日本の情報を仕入れるのに、とても使いやすい。
しかも、どうやら同じようなことに興味があるらしい、という人を見つけやすいので、彼らがスクラップしているものを(reblogというのですが)、追いかけると、いろんなことがわかるのです。
ま、そうはいっても、遠くに住んでいるので、リアルな温度でわかっているかどうかは微妙。
が、重宝しています。

で、前置きが長くなったけど、今日、どっひゃーとなったのは、岡田外相が、記者会見を記者クラブ以外にも開放するって発表したニュース
民主党が、選挙前に、記者クラブを開放するという意向を示していたのに、大手マスコミからの圧力でどうやら雲行きが怪しいらしい、という話だったので、なんと画期的な!と驚いたのでありました。

アメリカでは、2004年の大統領選挙が「ブロガーの選挙」と言われ、ブロガーがジャーナリストとして認知されるようになった。
日本でそれがなかなか進まなかったひとつの理由は、この記者クラブにあったわけです。
そして、記者クラブ開放問題は、大手のメディアはほとんど触れていないらしい。

今回の日本の選挙は、「マスコミ誘導型」などと言われているが、みんなが同じ情報源をもとに、同じ情報を流している、という状態の恐ろしさを感じる。
そして、その状態って、新聞離れ、テレビ離れが指摘される今の状態とも無関係ではないと思う。
そもそもジャーナリズムの存在意義は、民衆に情報を与えることなわけで、マスコミが同じ情報を流していたら、そりゃマスコミ離れも進むわけです。
ってことを、どうしてわからないのだろう、マスコミのトップのみなさんは。

が、そんな状態も、少しずつ変わりつつあるということか。
どうなんだろう、ほんとのところは。
なんせ遠くにいるので、「ほんとのところ」がよくわからない。
誰か教えてください、ほんとのところ。


| メディア | 04:53 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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なぜあのアホのことがいまだに気になるのか

ブッシュの元スピーチライターMatt Latimerが、回想録を書いたらしい。
アメリカ版GQがその一部を入手し、それがネットで軽く話題になっている。
ニューヨーク・マガジンが出したダイジェスト版もある。
ついつい真剣に読んでしまった。

でも驚くべきことはほとんどない。
たとえば、ブッシュはジョークが好き(一例:“If bullshit was currency, Joe Biden would be a billionaire.”)。
たとえば、ブッシュは、自分の景気対策を理解していなかった。
まあ意外なところといえば、サラ・ペイリンが国政に打って出るような人物でないことくらいは、ブッシュにもわかっていたらしい、ということくらい。

というわけで、真剣に読んだわりには、徒労感だけが残った。
暇だな、と思われてしまいそうだが、そこまで暇じゃないです、はい。

なんだろ、これ。
なんであのアホ大統領のことがいまだに気になるのか。
と考えてみたところ、オバマ政権の“変革”が思うように進んでいないために、格段にあほだった前任者のことを考えると、妙にほっとするからではないかという結論に至った。

そして本当にもっと真剣に考えるべきは、なぜオバマの変革が思うほどうまく進んでいないか、という問題である。
特に健康保険問題なんて、オバマ支持層にも、オバマ離れをする人口が多かったりして、見ていて、あれれ?どうなってるんだ、という感じである。

ニューヨーク・タイムズのコラムニストが、その問題を、TwitterやFacebookというメディアの見地から書いていて、なるほどな、と思った。
この手の新しいメディアは、「オバマを選出する」というシンプルなゴールを達成するには、ものすごく有効だった。
が、健康保険改革のように、伝えたいことがちょっと複雑になると、急に効果を失う。
ところが、反対勢力(共和党)が伝えようとしているメッセージは、「オバマ許せん」という単純なメッセージ。
だから、TwitterやFacebookも効果がある、というお話である。
納得。

というわけで、大統領選を勝つのには役立ったメディアに刺されてしまったオバマ。
先日、古いインタビューテープを整理しているときに、あるフォトグラファーの言葉に、こういうのがあった。
"Your idea is bigger than your media"
伝えたいことが大事で、それを伝えるために使うメディアはなんだっていいんだよ、っていう話なので、改めて聞いたときに、こいつ、うまいこと言うな~と思っていたところだった。
が、政治の世界では、現実はもうちょっと厳しいらしい。
アイディアも、メディアも重要なのである。


| メディア | 05:26 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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ジャーナリズムの死とある写真家とのインタビュー

先日、久しぶりにビル・マーのトークショー”Real Time with Bill Maher”を見た。
6月に放映した番組の再放送。
ゲスト出演したオリバー・ストーンが、「ドラッグがなければ、オレは今頃ここにはいない」とか、「ジャーナリズムは死んだ」とか、飛ばしまくっていたのがあまりに良かったので、永久保存版にしてみました。

そのときビル・マーが話題にしていた「営利目的になったことで破綻したもの」の2つ。
ジャーナリズムと医療制度。
まったくそのとおりであります。

今週は、オバマが提案する医療改革が社会主義だと怒っている人たちの話題で持ち切りである。
オバマ案が実現すると、自分で医者を選べなくなるとか、不法移民の医療費も負担することになるとか、びっくりするようなデマが流れて、それを信じたみなさんが怒り狂って、ものすごい感情的になっている。
そして、そういう人たちの多く(+保守派のテレビ、ラジオパーソナリティ)は、「アメリカの医療制度は世界イチ」と言ってはばからない。
知らないということは、強いことである。

ジャーナリズムも営利に走ってだめになった一つの例である。
しかし、ジャーナリズムを非営利にするのは、医療改革よりもさらに複雑そうである。

さらに話が脱線するようだけれど、最近、注目のサイトの一つが、PolitiFact.com
政党や政治家が言っていることの本当度、ウソ度をバロメーターで示してくれるサイトである。
そして、今どき珍しく、右にも左にも寄っていない、ということになっている。
いつまで続くかどうかは別として。

ところで、コヨーテの最新号で、ポール・フスコという写真家にインタビューした。
去年、下の写真集を本屋で見てから、いつか会いたいと思っていた人。
この写真集は、ロバート・フランク・ケネディの遺体を乗せた列車を一目見ようと、線路沿いに集まった普通のアメリカ人の姿を撮った写真だけでほぼ全編を構成している。
淡々と進行していくのに、気がついたら、ものすごい心が動かされているのに呆然とした。
これまで感動した写真集のベスト5くらいには入ったかな。

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(2008/09)
Vicki Goldberg、

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ポール・フスコさんは、マグナムの写真家で、でもとても地味に普通の人ばかりを撮り続けた人である。
かなりのお年なのだが、「写真家として食っていくのってほんとに大変だよね」と、今もお金の苦労がつきないというような話も率直にしてくれた。
高齢なのに、資金繰りに苦労したり、米軍の妨害を受けたりしながら、まだイラクから遺体で戻ってくる兵士の葬式を穫り続けている。
「写真は、ソーシャル・サービスだよ」
と言っ切ったフスコさん。
ジャーナリズムに携わる人間が、みんなフスコさんみたいだったら、今みたいなことにはなっていないのに。
なんてことを、しゃあしゃあとウソの情報を垂れ流すラジオやテレビのパーソナリティを見ながら思ったのでした。

| メディア | 14:13 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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イッセイ・ミヤケ氏とNYタイムズ

景気が悪くなって出張の仕事がずいぶん減ったのだけれど、今週はまた久しぶりにほぼ毎日移動を繰り返している。
昨日は、ノースキャロライナのホテルで目覚めたら、ドアの外にNYタイムズがおいてあった。
きちんとしたホテルだということもあるのだろうけれど、最近、地方にいても、地方の新聞を目にすることがめっきり減ったような気がする。
ローカルニュースって、その土地柄がちらりと見えたりしてとてもおもしろいのに、なんだか残念。

と、話がそれたが、昨日のNYタイムズのop-ed欄に、イッセイ・ミヤケさんが寄稿していたの、気がつきましたか?
原爆体験について。
そして、先週のロシアとアメリカの核弾頭の削減合意だけでは、核のない世の中にはならないよ、ということを言いつつ、オバマ大統領に平和大橋をわたるように呼びかけている。

オバマが平和大橋を渡ることが、象徴的な意味以外の意味を持つかどうかはわからないけれど(オバマにかぎらずアメリカの大統領には、広島を訪れてほしいと思うけど、もちろん)、イッセイさんのこの文章には、大きな存在意義があるような気がする。

これまでもときどき、日本政府の発言力のなさとか、PR下手について考えてきたけれど、イッセイさんの文章を読んで、日本文化が果たすべき役割ってこういうことかな、と考えてみた。
だって、日本は、原爆を受けた唯一の国だっつーのに、アピールが足りないし、うまくない。
そして、イッセイ・ミヤケを知ってる外国人のほうが、日本の首相の名前を知っている外国人のよりも確実に多いはず。
イッセイさんの文章が、そんなことを思い出させてくれたような気がします。

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ディック・チェイニーとfacebook

facebookに、「Telling Dick Cheney to shut the hell up」というコミュニティがある。
(コミュニティ、という呼び方が正しいのかはわからない)。

facebook上でどれだけ文句をたれたところで、ディック・チェイニーには伝わらないだろうし、伝わったところで反省もしないだろうと思うので、入るだけ不毛かとも思ったが、なかなかユーモラスでおもしろいので入ったままになっている。

そしたら、このコミュニティが、知らなかったことをひとつ教えてくれた。
dickipediaというサイトが存在するということ。
サブタイトルは、「wiki of dicks」。

改めて説明するまでもないのかもしれないが、dickという言葉は、penisという言葉の俗語である。
オンラインの辞書によると、性格が悪かったり、軽蔑に値する人間を「dick」と呼んでいいらしい。
しかも、チェイニーのファーストネームはディック(リチャードのあだ名。が、リチャードという名前の人なら誰でもディックと呼んでいいというわけでは決してないので、要注意)。
というわけで、チェイニーは二重にディックなわけである。

チェイニーはもはや過去の人だと思いたいので、そんなヤツにこれだけの文章を割くのもどうかと思うが、ディキペディアのリストには、現在の人も多い。
「政治ディック」や「国際ディック」の顔ぶれは、ほぼ予想通りなのだが、「芸能ディック」には、ジョージ・ルーカスやベン・スティーラーなど、意外な人も入っていて、名前をクリックすると「ディックな理由」が読めるようになっている。
これが真剣に読むとなかなかおもしろい。

そしてfacebookで、もう一つ使えるのは、人気コラムニストとか、アートの評論家が入っていて、紙媒体に書くほどでもないような小さいネタを披露していること。
ちなみに私は、NYタイムズのニコラス・クリストフの「ファン」として登録したり、ニューヨーク誌の評論家ジェリー・サルツ氏の「友達」だったりして、知らなかったこを毎日ちょっとずつ教えてもらったりしている。
彼らの使い方を見ると、紙媒体との棲み分けができるような気がするが、この手の使い方だとお金には還元されていないだろうなと想像できる。
宣伝にはなっているだろうけれど。
文章でご飯を食べている一人の人間としてはちょっと複雑な心境。
個人的には、まだネットで「食べられる」媒体は発見できていない。
素敵なネット媒体、あったら教えてください。

| メディア | 08:24 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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