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マイケル・ムーアの新作

マイケル・ムーアの新作「Capitalism: A love story」見てきた。
ものすごい遅ればせながら。

彼の作品は必ず見ることにしているのだけれど、あのちょっぴり強引なエンターテイメント性の高い手法がだんだん予想範囲内におさまってきた感じがしていたので、期待値はあまり高くなかったのだけれど、新しいことをたくさん学んだという点で、なかなかに良かった。

要は、どうしてこんなことになってしまったか、そして、大企業の手によって、その後もどれだけひどいことが行われているか、という話である。

が、これまでの作品となんかちょっぴり違うような気がする。
希望がある、という点で。
ネタばらしになるといけないので、詳しくは書かないけれど、小さな人たちが不正義に反抗して立ち上がり、最終的には勝ちました、なんていう明るい話もでてくる。
だから、「a love sotry」という副題がついているんだな。ふむ。

マイケル・ムーアという人は、不正義に対する怒りに突き動かされてきたタイプだろうと思うし、あれをやっていたら、憤死しそうなくらい腹が立つことも多かろうと想像する。
が、あれをやり続けるには、やっぱり希望がなかったらできないんだな、と今回の作品をみて思ったのでした。

あれを見たら、そっか、こんな不正義がまかり通ってるんだ、って腹を立てる人は多いのだろうと思うけれど、一方で、マイケル・ムーアの作品を見るために映画館に足を運び、お金を払う人は、すでにマイケル・ムーアに説得されたい人たちなわけで、そこが彼の限界というか、悲しいところなのかもしれない。

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| 映画/テレビ | 08:17 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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"Sex and the City"についての考察

5月末にNYで"Sex and the City"の映画版が公開され、それにあたって、サラ・ジェシカ・パーカーをはじめとする4人組と、脚本と演出のマイケル・パトリック・キングに取材した。
原稿はかなり前に書いてあったのだけれど、日本での公開を前にゲラが戻ってきて、"Sex and the City"についてまたちょっと考えていた。
読んでいただければわかるけれど、AERA の記事のキモは、「なんでそんなにウケるか」ということである。

"Sex and the City"マニアたちに話を聞くと、だいたいにおいて「共感できる」という返事が返ってくる。
そして、だいたいみんな、4人の一人に自分を重ね合わせたりするらしい。

4人に取材をしたときに、ミランダ役のシンシア・ニクソンが、"Sex and the City"を"Bill Cosby Show"と比べていた。
ビル・コスビー・ショーが、黒人中産階級の生活ぶりを示して共感を得たように、"Sex and the City"は、シングル女性たちの生き様を見せた、ということです。

There are single women out there in the 30's and the 40's who are earning their own money and spending their own money.
And it can be wonderful and doesn't have to be sad and lonely.

30代、40代でシングルというと、どうも痛々しい感じに思われがちなところを、痛々しく見せなかったところが、女性たちにウケたのでは、という分析です。

個人的に、「なんで女性は"Sex and the City"が好きか」よりも興味をそそられるのは、「なんで男性は"Sex and the City"を好まないか」である。
前にも書いたとおり、"Sex and the City"をテレビで見ようとして男性にブーイングされたこと、あるもんね。


でも最近気がついた。
私の周りにいる男子は、意外と"Sex and the City"を見ているのです。
私と仲良くするくらいだから、オープンマインドな人が多いと思うのだけれど、"Sex and the City"を見て、女ってやだなと思わない男性はとても素敵だと思う。
そして、"Sex and the City"を見ている男子は、女性扱いがとてもうまいような気がする。
見ているからうまいのではなくて、女性の本質をわかっている男子は、あれを見ても、いやな気持ちにならないのではないか、と考えてみた。
どうでしょ?その分析。

ちなみに"Sex and the City"を書いているのは、ゲイの男子であるマイケル・パトリック・キングである。
女性のこともよくわかっているし、男子のこともとてもよくわかっているのだと思う。
"Sex and the City"をみて、一番恩恵があるのは、きっと女子ではなく、もてない男子だと思うわ。
女ってわかんねーな、と思う男子にこそ"Sex and the City"は見てほしい、と思うのです。





| 映画/テレビ | 07:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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映画版 Sex and the City

映画版「Sex and the CIty」の試写に行ってきました。
これをヒトは役得というらしい。
友人M(女性、ラティーノ)は、
あんたなんて、好きでもないくせに!!!
と息を巻いて怒っていた。
嫌いと言った覚えもないし、ずっと一応見てたんですけど~、と小さい声で言ってみたけど。
You are lucky I am on a business trip
私が出張だったからよかったわよ、
と言っていたけれど、出張じゃなかったら、どうなっていたのだろうか。
拉致されてチケットを奪われるとか、そんなことだろうか。

Sex and the Cityがテレビでデビューしたのは1996年。
実はコレ、私がNYに出てきた年でもある。
みた人も多いと思うけれど、最初のシーズンは、あとに比べてずっとオフビートでシニカルな感じだった。
その頃、いっとき、男の子二人と共同生活をしていたことがあったのだが、Sex and the Cityをつけようとするとブーイングにあったものです。
We just don't like to see women talking about sex!
とルームメートの一人が言っていたのが懐かしく思い出されます。
キミ、意外とコンサバなのね~とからかったりして。

というわけで映画版。
いろいろ書いて展開をばらしちゃったりするのは申し訳ないので、あんまり書きませんけど、相当おかしいです。
全体のテーストはメインストリーム寄りになってるけど、笑うツボは満載。
女優にこんなことさせていいの~?というツボも満載。
久しぶりに腹を抱えて笑いました。

でもね、途中、女性を代表して絶望的な気持ちになった瞬間あり。
だってさ~、オトコってどーしてああなの???って。
違う生き物だと思わないとやっていけないわね、やっぱり。
違う生き物と思ってもやっていけない瞬間もあるけど。

映画を見たあとは、出演者とクリエーターのラウンドテーブルに取材しました。
複数のジャーナリストたちで、インタビューされる人を囲む、っていうアレです。
終わってからMに電話したら、
Who is the big bitch and who is a bigger bitch?
と、テレビシリーズのセリフを使って聞いて来た。
さすがファン、である。
ちなみに誰もビッチじゃなかった。
さすがにジャーナリストの集団相手にビッチだったら困りますよね(いるけど、たまに)。
でもね、「友達は多いですか?」とか馬鹿みたいな質問をする人とかいて、ビッチな対応をしていない女優に頭が下がった。

さてさて、話は戻りますが、なぜオトコはSex and the Cityが嫌いか、という話です。
やっぱり仕事もばりばりして、そこそこきれいで、みたいな女優が4人でセックスのことをあーでもない、こーでもない、って話す姿は愉快でないもんかしらん?
でもね、私、嫌いじゃないよ、って言ったら、いが~い、って何度か言われたんだけど、ほんとに心から「よくできてるな~」って思うんです。
セリフまわしとか、展開とか。
Sex and the Cityをびくともせずに見ることができるオトコの人、いないかなあ?

ちなみに、女の子にとったらあれって、いつか白馬の王子さまが迎えにきてくれるっていうおとぎ話と、ものすごくいや~なリアリティの絶妙なミックスなのかも。
希望とげんなり感がかわりばんこにやってくる、みたいな感じ?
だからついつい見てしまうのではないかしら。
その分析、まちがってる?






| 映画/テレビ | 09:54 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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チベットと自由

先日、ソーホーでこんな本を売っている兄ちゃんがいました。



家に帰ってきてから調べると、ローカルな有名人でした。
カルトな著者としてテレビに登場したり、映画を作ったりしているらしい。
そんなことは、通りかかったときには知らなかったのだけれど、なんというかご本人のたたずまいがユーモラスだし、通りかかる人たちも大爆笑。
なんだかんだいっても、この国の表現の自由は守られているのだ、と私も笑っちゃったのでした。

そのまま、大学の同級生Mが作ったドキュメンタリー「Fire Under The Snow」がトライベッカ映画祭に出品しているので、上映会に行きました。
パルデン・ギャツォという政治囚として33年も投獄されていたチベット人僧のお話。
Mはずっと何年もこの人を追いかけてきたのだが、とうとうそれが作品になった。
しかもものすごくタイムリーな感じである。

パルデンさんは「雪の下の炎」というタイトルの自伝が日本語でも出ているし、フリー・チベットの世界では知ってる人も多いと思う。
パルデンさんは、ダライラマを捨てろと言われて、日常的に拷問され続けたり、ビラを配ったことがばれて刑期が伸びたりするのだけれど、パルデンさんの回想を通じて、外の人間にはなかなかわからないチベットにおける「自由」のリアリティが伝わってくるのでした。

何年か前に、別のドキュメンタリー"What Remains of Us/Ce Qu'il reste de nouse"を見たけれど、そのときに一番心に響いたフレーズがあった。
けっこう前なので、正確でないと思うけれど、ナレーターで主役のチベット人女性がこう言うんです。

Many Tibetans feel they lost their country because they didn't pray enough
多くのチベット人が、国を失ってしまったのは、お祈りが足りなかったからだと感じている。
But maybe they lost their country because all they did was pray
でも、もしかしたら、国を失ってしまったのは、お祈りばかりしていたからかもしれない。

今、パルデンさんは、お祈りだけじゃだめだ、って思っているみたいだった。亡命政府とは独自の路線を行っているし、いまだにハンストをやったり、ボストンからニューヨークを歩いたり、孤独な戦いを続けている。

上映会にはパルデンさんもきていた。
そしてQ&Aがあったので、質問してみた。
パルデンさんの釈放には、アムネスティ・インターナショナルのイタリア支所が尽力したらしい。そして、今も、いろんな団体が、がんばっている。
それでも状況は変わっていないけれど、何が必要だと思いますか、って。
パルデンさんの答えは、「ここにいる一人一人がコミットすること」だった。

そっかー、コミットかあ、コミットはみんなしてるんじゃないかなと一瞬思ったけれど、やれることを全部やってるかって言ったら、?なのかも。
確かに、これだけの自由を与えられて、自由を持たない人たちのことを知りながら何もしなかったら罪である。


| 映画/テレビ | 11:56 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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Into The Wild  ~荒野へ

into the wild


クリスマスの後、ちょっと時間ができたので、どうしても劇場のスクリーンでみたいと思っていた映画を見に行ってきた。
「Into The Wild」。
エリート大学を卒業して「両親への義務を果たし」、持ち金を全部慈善団体に寄付して、お金を持たずにヒッチハイクの旅に出た若い男性の物語です。
旅の最後に、アラスカにわたり、誰もいない荒野で自給自足の生活をする・・・
ジョン・クラカワーが本にもしている実話です。

監督はショーン・ペン。
音楽はパール・ジャムのエディ・ヴェター。

これ、日本では公開しないのかな。
ものすごくよかったけど。
アメリカの広さがよくわかる。
そしてこの男の子がとった手段はものすごく極端だけど、誰でも共感できる人生の迷いを描いている。
自分の人生に迷ったとき、もう一度見てもいいかも、なんて思ったりして。

アラスカに旅に出るまえ、ちょっといい仲になった女の子に主人公がいうセリフ。

When you want something in life,
you just gotta reach out and grab it.

2008年のテーマかも。
欲しいものが、手の届くところにあればいいけど。

| 映画/テレビ | 08:04 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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セックスレスは離婚の原因か

最近、大統領選挙のキャンペーンが停滞気味で、ネタがない。
というわけで、たまにはシモネタ。
HBOが、Tell Me You Love Meという新しいドラマをやっている。
テーマは、セックス、カップル、愛。
セックスレスの夫婦や、子供のできない夫婦、セックスばかりしている若い女性を軸に話は展開する。
有料チャンネルのHBOなだけに、ノーカット。
かなりリアルなエッチシーンが多い。
TVリアリズムの限界に挑戦している。

登場人物の共通項は、カップル・カウンセリングをセラピストだ。
エッチできなくなって1年が経つ夫婦に、このセラピストがいう。

I have seen too many marriages fail when they shouldn't have because they thought they weren't have enough sex, or right kind of sex, or any sex.
Sex should not ultimately be the measure of whether marriage is failing or succeeding.
In fact, it only is in our culture.
In many others, the measure is joy, love, family.

セックスが足りないとか、適切なセックスをしていないとか、セックスがまったくないとかいう理由で、壊れて行くべきでない結婚が壊れて行くケースを多すぎるほど見て来た。
セックスを、結婚が成功しているか、失敗しているかを判断する最終的な基準にするべきではない。
セックスが究極の基準になっているのは、実のところ、われわれの社会(アメリカ)だけであって、多くの社会では、結婚の基準は、喜びや愛、家族といったものなのだ。

ふむ。
うまいところをついている。
アメリカは離婚が多い。セックスレスが理由の離婚もものすごく多い。

何年か前に、日本人の既婚男性に、草の根アンケートを実施したことがあった。
エッチしてる??って。
単に個人的な好奇心ですが。
20人くらい聞いたかな。イエスは1人だった。
あとは、妻とはしてないけど、外ではしてる、とか、まったくない、とか、そんな答えが多かった。
一人の男の子は、結婚するまで10年つきあった彼女とはずっとしていたのに、結婚して一緒に住み始めたら急にしなくなった、と言っていた。
なんで?と聞いたら、
明日でもあさってでもできるのに、今日する必要性を感じないうちに、毎日しないで終わる、とすごく納得できる答えをくれた。
これ、結婚する前には、誰も教えてくれない真実かもしれない。

そして、セラピストがいうとおり、日本では、セックスレスを理由に離婚するって話はあんまり聞かない。知らないだけかもしれないが。

でも!
エッチのない結婚、どうなんだろうか。
答えの出ないギモンなので、深く追求しないことにする。

というわけで、まったく違う話だけど、最近、警察の行為がビデオに撮られていて、インターネットに流出し、問題になる、という行為が増えている。
この国では、警察が権力を持ちすぎていると思うことが多い、実際に、そこまでしなくても!な現場を目撃したこともたびたびあった。



市民の逆襲である。
インターネットのおかげで、システムがより民主的になりつつある、という意見もある。
がんばれ、一般市民。

| 映画/テレビ | 16:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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恐怖におののいてはいない ~マリアンヌ・パール

映画A Mighty Heart を見てきた。
アンジェリーナ・ジョリーが主役、ブラピがプロデューサーというだけで人が呼べそうな”話題作”だったはずなのに、木曜の夜、劇場はがらがらであった。

見たら理由がなんとなくわかった。
事実にとても忠実にきちんと作っているはずなのに、なんだかリアルじゃないのである。
アンジーの演技もGirls Interrupted(「17歳のカルテ」)のときのような鬼気迫るものがない。
ジャーナリストである夫をパキスタンの過激派に誘拐されて、馘首されてしまうわけだけれど、その恐怖感とか、死んだとわかったときの悲しみがいまひとつリアルに伝わってこないのである。

唯一よかったのは、夫が死んだとわかってから、パキスタンを出発するまでの間に、捜査に駆け回った人たちと夕食を食べるシーン。
The kidnappers, their whole point is to terrorize people
I am not terrorized, and you should not be terrorized
誘拐犯たちの目的は、人々を恐怖に陥れることでしょう。
私は恐怖におののいてはいないし、あなたたちも恐れるべきではない。
アンジーの演技の是非は別として、パールさんはすごい人である。

ちなみに、事件が起きた私は当時、まだニュースルームで働いていた。
ダニエル・パールさんは、ウォールストリート・ジャーナルの記者だったから、当時私がいたロイターにも彼を直接知ってる記者がたくさんいて、誘拐されたとわかってから、話題になっていた。
各自のコンピュータに、各地の支局が打電する速報が流れてくるシステムになっていたのだが、パキスタン電で、「ダニエル・パール馘首される」というニュースが流れてきたとき、騒がしいはずのニュースルームに一瞬ぞっとするような沈黙が流れた。
そのあと1時間くらいは、すすり泣きがいろんなところから聞こえたりして。
やっぱり、同じジャーナリストでも、自分たちが持たない勇気を持った人がそんな死に方をしたということがとてもやるせなかったのかな。
あのぞっとするような静寂は一生忘れないと思う。

人々の心から忘れ去られてはいけないはずなのに、忘れ去られつつある事件なだけに、アンジェリーナ&ブラピだったらもっと多くの関心を集められたはずなのに、と思うとちょっと残念。

一緒にみた友人も同じ意見であった。
I wasn't able to relate to her grief
彼女の悲しみに共感できなかった
ついでに、「best grief scene of all time」は何かと話し合ってみた。
結論は、mystic riverで娘を失ったショーン・ペンが警官に取り囲まれながら泣くシーン。
確かに。あれは悲しかった。

| 映画/テレビ | 15:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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