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鳩山首相の国連スピーチ

ちょっと時間が経ってしまったのだが、やっぱり突っ込みたくなったので書いてしまいます。
鳩山首相の国連での演説。
ざっとみたところ、国際社会からの反応もよく、国内からの評価も高いようす。

が、どうしてもひとつ突っ込みたいところ。
Japan will make utmost efforts to become a 'bridge' for the world, between the Orient and the Occident, between developed and developing countries and between diverse civilizations,

日本の政治家が大好きな「架け橋」論。
いいと思うんですけどね、コンセプトは。
古いけど。
しかし、一番気になるのは、オリエントとオキシデントってところである。
オリエントも、オキシデントも、久しぶりに聞きました。
こんな言葉、いまだに使うんだ~とびっくりした。

ちなみにアジアのことを、オリエント、という人は最近ではほとんどいません。
私が会社員時代に経理のおっさん(65歳くらいだったと思う)が、「君らオリエンタルは・・・」みたいな話をしたときに、システム担当の20代白人男子が、「オリエンタルっていう言葉は、絨毯とか壷を指す言葉。人をオリエンタルと呼ぶのは失礼だ!」と怒っていたのを思い出してしまった。
ちなみに、私としては、「いや、でも差別的な意味合いはないんだから、いいんじゃないの?」と言った覚えがあります。

ネガティブな意味合いはないのです。
でも、古いよね。
誰が書いたのだろう、あのスピーチ。
ま、内容が評価されたのであればいいと思うのですが。

それにしても、気になる温室効果ガス削減問題。
25%なんて、大きな風呂敷広げちゃって大丈夫か。


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| 時事 | 13:48 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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金融危機から1年

最近、Tumblrにはまりぎみ。
同じようなことを考えていたり、同じようなものに惹かれたり、そんな人が発信しているものを見るとなんか安心する。
絶対イヤだと思っていたtwitterもTumblrと併用で始めてみた。
ブログに書くほどでもない、というようなことが、意外とあることに気がついた。

さて。
ニューヨークはファッションウィークまっさかりである。
私の場合は、どこの媒体に書く、ということはないけれど、普段から付き合いのあるメンズのデザイナーのショーだけ限定的に見ている。
夏、自然のなかで過ごすことが多かったので、気分はすっかりアンチ・ファッションだったのだけれど、アナ・ウィンターさまが体を張って「fashion night out」を盛り上げようとしている姿とか、トム・ブラウンの「体張ってんなー」と思わせるコレクションを見たら、ファッションだって(やり方によっては)アートなんだった、と改めて思い、久しぶりに買い物したりしてしまった。

と、前置きが長くなったけれど、15日で、リーマンさようならデーから1周年である。
リーマンが破綻したときは、コヨーテの企画のために、アメリカ一周の旅に出ていた。
そのとき、ウォールストリートと、アメリカの大部分の間の距離感を考えて、この人たちはウォールストリートから何の恩恵も受けていないのに、金融危機の影響はがっつり受けてしまうんだろうなと思ってぞっとしたけれど、まさに今そんな感じ。
ウォールストリートの大手がいつの間にやら黒字に転換している間に、失業率はしっかり10%近くまで上がってしまった。
こうやって貧富の差は拡大していくのですね。
一時は、あれだけ腹を立てていた国民も、喉元過ぎれば、という感じで、金融業界の規制もあんまり進んでいない。
サブプライムのローンを証券化してバブル崩壊に加担した金融業界が、今、生命保険を証券化してがっつり儲けているという話を読んで、ほんとに心からげんなり。
人間って、反省しない生き物である。

と、また話がそれたけれど、9月にまた金融業界で一波乱あるのでは、という話がまことしやかに囁かれている。
ニューヨークで何かイヤなことが起きるのは、いつも9月である。
ニューヨークが一番美しい季節なのだけれど。
9月もあと半月。
ウォールストリートで波乱が起きると、一瞬、ざまあみろ、と思ってしまうのだが、一番イヤな影響を受けるのは、一番末端の人たち。
そして、最終的に、金融マンたちは涼しい顔でボーナスをもらったりするわけです。
そう思うと、何も起きませんようにと思わざるをえない。
何も起きませんように。

| 時事 | 03:51 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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「鳩山論文」とアメリカの社会主義アレルギー

うちに立ち寄った友人M(アメリカ人、女子、大学の先生)が、「日本の選挙の結果、どう思う?」というので、話題になっている、ニューヨーク・タイムズに掲載された「鳩山論文」を一緒に読んでみた。
これ、出張中だったので、リアルタイムで読みそびれちゃったのだが、もしかするとものすごいニュースではないですか。

どういう流れで、これが「寄稿」という形で掲載されることになったのか、諸説あるようだし、きちんと訳されているか、などの疑問はあるようですが、まあそれはさておき、

In the post-Cold War period, Japan has been continually buffeted by the winds of market fundamentalism in a U.S.-led movement that is more usually called globalization.
In the fundamentalist pursuit of capitalism people are treated not as an end but as a means. Consequently, human dignity is lost.

という最初の3文を読んで、拍手する友人。
「よく言った!だってそのとおりじゃん!」
と大喜びである。

確かに。
あの論文をうけて、オバマ政権は相当あわてた、という内容の記事も、今日の一面に(!)出たし、ここだけ読むと、よく言った!と言いたくなりますね、確かに。

が。
どうせ言うなら、胸を張って、言ったことに責任をもってほしいものである。
いろいろきなくさいことがあるのかもしれない。
確かに寄稿してないのかもしれない。
でも、「寄稿してない」とか言ってる姿は、潔くない。
そして、日本語で発表したものは海外に出ないという時代はもうとっくに終わってしまったのだということを、わかっていなかったのだとしたら、残念。

ちなみに、あれを読んで、「やるじゃん、日本」と思ったアメリカ人は少なくないと思う。
全体的な内容はともかくとして、言いたいこと言ったじゃん、という点で。
友人のMは、オバマの健康保険改革案を「社会主義だ」と騒いでいる右派のみなさんが、「鳩山論文」を読んで、「日本は社会主義になる!」と慌てるところを想像すると笑える、と言っていた。
過去の資本主義のあり方を批判すること=社会主義、みたいな雰囲気が漂っているから。
そのアレルギー的反応があまりに過敏で、なんだか滑稽なのである。
人間は、考えにラベルを張るのが本当に好きなようす。
オバマを「社会主義」と呼ぶのも、あの論文を「反米」と呼ぶのも、その例だという気がする。

それにしても、これからどこへ行くんだろう?

| 時事 | 14:54 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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「死の夏」とテッド・ケネディ

休みをとったり、出張に出たりするうちに、8月が終わってしまった。
NYにいた時間は10日弱。
でも、まったく恋しくならなかった。
だんだんNYと私の関係が冷めてきているような気がします。

さて。
先日の出張の最中にテッド・ケネディが亡くなった。
そして、今週、DJ AMが遺体で発見された。
ニューヨーク誌が、2009年「死の夏」と題した記事を発表したのが、8月21日。
この2人が亡くなる前である。
有名無名にかかわらず、人は毎日死んでいるわけで、だからなんだ、という気もするが、ここまで続くと驚きである。

テッド・ケネディが亡くなってから、テレビやネットで彼の追悼モノに夢中になっていた。
ちょっと前に、RFKのことを書いたりしていたこともあるし、彼がライフワークにしていた医療改革のことを原稿でとりあげたりしていたところだったこともあって。
そして、なぜアメリカ人はテッド・ケネディをあんなに好きだったんだろう、と考えてみた。
お金持ちの、しかもイケメンの息子(いや、若い頃は相当素敵だったんですよ)が、恵まれない層のためにがんばっている、という構図である。
嘘くさくなったり、偽善的になっても不思議はないのに。
特別番組をみたりするうちに、それは、テッド・ケネディの人生が、普通の人が平均的に経験する人生より、かなり辛そうに見えたからではないか、という気がしてきた。
暗殺された兄2人はあまりに有名だけれども、兄を一人戦争で、姉を一人飛行機事故で亡くしているし、息子の一人は、病気で足を切断している。
あともうひとつは、ケネディ家の男たちに共通していえる「完璧でないところ(つまりダメなところ)」かもしれない。
女癖は悪そうだし、スキャンダルもたびたびあった。
(特に、女性と一緒に運転していて車ごと池に落ち、女性を死なせてしまった挙げ句、すぐに警察に行かなかった、というスキャンダルがなかったら、大統領になってただろうに、と言われている)
アメリカ人が、ビル・クリントンを大好きなのと、ちょっと似ているような気がします。
と、ケネディの話にそれてしまったけれど、ケネディが亡くなった、と知ったとき、このタイミングって、医療改革には不吉なのではないかと思ったが、「テッドの意志を告げ」と盛り上がっているもよう。
これからどう転ぶか、楽しみです。

下のはRFKのお葬式でのテッドのスピーチのビデオ。

長いけど、ちなみに一番もりあがるのは最後のところ。
興味のある人はどうぞ。



| 時事 | 08:50 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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テロ戦争がいつの間に終わってたなんて・・・

一時期、ものすごい頻度で耳にした言葉に、「war on terror」というのがあった。
覚えていますか。
ブッシュが毎日のように唱えていたマントラである。

が。
昨日の夜中、またもやへろへろになって、ビル・マーのショーの再放送を見ていたら、なんと、その「テロ戦争」が、静かに終わっていた、とビル・マーがいうではないですか。
びっくりして、へろへろが急に冷めた。

で、調べてみたら、要は、オバマが「war on terror」という言葉を嫌って、別の呼び名を用意したということらしい。
その名も、「Overseas Contingency Operation」。
つまり、「海外で不慮の事態が発生した場合に備えての作戦」ということである。
「テロ戦争」と比べるとものすごい違いである。

で、ビル・マーがわざわざ番組で言ったくらいだから「テロ戦争」の終わりは、最近のことだろうと思い、調べてみたのだが、関連記事が見つからない。
ようやく見つけたのはこれ
しかし、この記事を書いた人も、「え?いつのまに終わってたの?」という具合である。

というわけで、テロ戦争は、どうやら3月に終わっていたらしい。
ワシントン・ポストによると。

こんなことってあるんだなー。
全然気がつかなかった。
これだけ情報があふれているのに、意外に肝心なことは知らないで進んじゃったりする。
知らなかったのは私だけかと思って何人かに聞いてみたけれど、知っていたのは一人だった。

ちなみに、この「war on~」という言い方は、古くからアメリカの政府に使われて来たプロパガンダの常套句のひとつである。"war on poverty"というのもあったし、"war on drugs"もあった。
好戦的だし、カウボーイ的でかっこわるい。

実際のところ、「テロ戦争の終わり」が何を意味するのかはよくわからない。
テロが終わった、ということではないだろうし、な。
が、少なくとも、ブッシュのプロパガンダが少しずつ修正されている、ということなのかもしれない。

| 時事 | 14:24 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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マイケル・ジャクソンと医療制度

引き続きこの国のニュースワールド(特にテレビ)は、マイケル・ジャクソンの死をめぐるあれこれに占領されている。
子どもたちはどうなるのか、財産はどうなるのか、子ども時代のマイケルを虐待し、息子が死んだというのに自分の宣伝に夢中になっているオヤジはどうなのか、などなど、マイケル絡みのトピックスは多いのだけれど、ひとつ、この国の社会問題とリンクする話題があって、それは処方箋ドラッグの中毒問題である。

中毒というと、どうしてもアルコールや違法ドラッグ(特にヘロインやクリスタルメス)を想像してしまうのだけれど、実はこの国で一番急速に増えている中毒は、お医者さんに処方箋を書いてもらえればドラッグストアで入手できる処方箋ドラッグの中毒だったりする。
アンナ・ニコル・スミスの死因もこれだったし、保守派の論客ラッシュ・リンボウでさえも、中毒を認めたことがあるくらい。
マイケルが死んだのも、どうやら飲んでいた薬に関係があるのではないかという風向きになっていて、誰がそんな強い薬を処方したのかが捜査されているみたいだ。
これまで、処方箋ドラッグの中毒問題はちょこちょこ問題にされてきたけれど、薬を処方した医師の責任が問われることがあまりなかった。

話はちょっとそれるけれど、先日、昔からの友人で、映画のエディターとかディレクターをやっているJとお茶を飲んだ。
きっかけは忘れたけれど、オバマの医療制度改革が話題にのぼった。
Jが言ったこと。
「ようやく医療制度が問題になってきたけれど、メジャーなニュースソースを読んでも、4つの勢力のことしか話題になっていない。オレたちみたいな普通の人間は完全に忘れ去られているよな」
Jがいう4つの勢力は、保険会社、製薬会社、病院、医師を始めとするメディカル・プロフェッショナルのこと。
4つの勢力が、それぞれ損をしないようにヘッジをかけて値段を上げるから、どんどん普通の人たちへの負担が大きくなるばかり。

ちょっと前に私も病院でちょっとした治療を受けることがあったのだが、あとになって、保険会社から送られてきた明細を見て、びっくりした。
たとえば、治療のあとにチェックアップを受ける部屋の使用料とかが細かく記載されている。
30分もいなかったと思うのだが、その部屋の使用料はなんと600ドル。
この国の医療費の高騰が問題になって久しいけれど、こういうことか、と初めて実感した。

最近では、毎月高い保険料を払っているのに「保険対象外」の項目のおかげで、莫大な借金を抱えて自己破産に追い込まれる人たちの存在が、徐々にクロースアップされてきた。
Jのいう「4つの勢力」のなかでも、特にこれまで責任を追及されてこなかったのが、製薬会社と結託して、必要以上に薬を処方する医師たちだという気がする。
それが、マイケル・ジャクソンが死んだことで、変わるかもしれない、という空気感がちょこっとだけ漂っている。
これで何かが変わればいいと思うのだけれども、ことはそんなに簡単ではないのかもしれない。

| 時事 | 01:51 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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麻薬合法化の議論

ここへきて麻薬合法化とマリファナ課税の討論が急に熱くなってきた。

理由は2つある。
景気が悪くて、税収が減っていること。
それから、ニクソン大統領が始めた「war on drugs」が40周年を迎えて、その効果と費用と意味が見直され始めたこと。

NYタイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフ氏が、13日に、「Drugs Won the War」というタイトルのコラムを書いている。
当局とドラッグの争いは、ドラッグの勝ち、ということである。
だったらやめてもいいんじゃん、みたいなこと。

昨日のタイムズに、読者からの反応が出ていた。


世論の反応を見ると、当局のOBも含めて、「ドラッグ合法化」賛成派が多いのにびっくりする。
その理屈は:
1、合法化すれば、バイオレンスが減る
2、税収が増える
3、どれだけ当局がやっきになったところで、ドラッグはなくならない。
などなど。

もちろん反対派も多いし、当局からの反発ももちろんあるだろうから、すんなりとはいかないだろうけれど、何かが起こり始めた気がしてならない。

ドラッグ、とひと言に言っても、マリファナとそれ以外のドラッグはもちろん分けて考えるべき、というコンセンサスもある。
ヘロインとか、クリスタルメスといった、人を廃人にするドラッグを合法化するわけにはもちろんいかないと思う。

が、マリファナが課税されるとなると、値段が上がる、値段が下がる、という意見が両方あって、ストーナーのみなさんのなかにも、反対派もいるようです。

いずれにしても、マリファナ・ユーザーが逮捕されると社会から葬り去られてしまうわが祖国とは大違いである。
国を代表する新聞に、マリファナのイラストが出ちゃうくらいだし。

というわけで、最後におまけ。

ステージ上で堂々とクサを吸うレッドマン。
種明かしをすると、場所はアムステルダムである。
笑えます。

| 時事 | 05:33 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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中東和平問題とユダヤ人の抗議団体

ワシントンのホロコースト・ミュージアムで88歳の白人至上主義者が発砲事件を起こした翌日、犬の散歩をしていたら、国連前に抗議をしているユダヤ人の団体を見かけた。
黒い服に、帽子をかぶった見るからにオーソドックス(原理主義)のみなさん。
何に抗議をしているのだろうと思ったら、彼らが持っている看板には意外なことが書いてあった。



どうやらイスラエルという国家に反対らしい。
自分の嫁以外には触ってはいけないらしいのだが、興味があったので、「フライヤー、あります?」と話かけてみた。
目は見てもらえなかったけど、フライヤーはもらえました。

フライヤーによると、彼らが解釈する「トラー」の教えでは、ユダヤ人は国家を持ってはいけなくて、他人の人権を侵害してはいけないことになっているのだという。
ユダヤ教の解釈にもいろいろあるのですね。
そうはいっても、国連前のプロテストの規模は、多く見積もって30人くらいだったから、おそらく少数派なのだろうと思うけれど。
ちなみに、この人たちの団体のウェブサイトはここ

オバマ政権のアジェンダの一つである中東和平問題の行方が気になる今日この頃。
人が2人以上集まれば、どれだけ小さな問題でも合意することが難しいときがあるのに、これだけセンシティブで、長くもめてきた問題を解決することなんかできるのだろうか、と心配である。
しかし、こういう団体の活動の話をほとんど耳にすることはない。
まだまだ知らないことが、たくさんあるのです。

| 時事 | 06:33 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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オバマの中東スピーチとイスラエルの「街の声」ビデオ

先週、オバマ大統領がイスラム世界に向けて行ったスピーチは、アメリカでは大事件として報道されていて、”アメリカの中東政策がシフトした歴史的瞬間”というように受け止められていたと思う。
スピーチの内容を実行に移せるかどうかは別として、そうか、もしかしたら、任期の最中に和平、なんていう可能性も出てくるのだろうか、なーんて考えていたところに、ショッキングなビデオを見た。



ちなみにこのビデオは、huffington postのコントリビューターが撮ったものなのだというが、ボツになったらしい。
ニュースバリューがないということで。

今さら言うまでもなく、アメリカの世論はえてしてイスラエル寄りで、その大きな理由のひとつは、「イスラエルとアメリカは両方とも民主主義で、カルチャーも似ている」という政治家たちがこれまで何度もつかってきたレトリックだという気がする(卵が先か、鶏が先か、という話かもしれないけれど)。
が、パレスチナに過激な思想を持った人たちがいるのと同様に、イスラエルにも過激な思想を持った人たちがいる、というごく当たり前の事実にスポットがあたることはごくごく少ないような気がする。
同じような服装をし、同じように英語を話す人たちがイスラエルにはいる、ということが、親イスラエル派の論理になりがちなのだけれど、そういう人たちが、こんなふうに思っているのだとしたら、それはそれでまた恐ろしいと思ってしまうのは私だけだろうか。

と、考えると、ニュースバリュー、ありまくりだと思うのだけれど。
自分が報道機関に務めた短い経験から、「ニュースバリュー」というものは、人によってまったく捉え方が違うと思うので、意見が食い違うのはわかるけれど、個人的には、誰も取り扱わないことこそニュースバリューがあると思っている(だから私はマイナーなのかもしれませんが)。
今回のことについては、Huffington Postがボツにしたのを、gawker.comがネタにした。
インターネット上の情報民主主義がうまく機能した例かもしれませんね。

| 時事 | 10:14 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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ソトマイヨール判事とEMINEM

私事になるが、先週、人生2度目の断食にチャレンジしてみた。
年明けの断食で、すっかり生まれ変わったつもりだったのに、また暴飲暴食が続き、体が重く感じられるようになったので、夏の前にもう一度!とやってみたのでありました。
が、さすがに都会で普段の生活をしながらの断食は辛かった。
いろんな方向から食べ物の匂いがするし、やっぱり出かけた先で周りが飲んでいると、飲めない自分が苦しいし。
というわけで、予定日数に達する前に切り上げた今回の断食の成功度は50%くらいか。

断食の序盤は、カフェインが切れるため相当ぼんやりします。
大ニュースが次々と起きてもいまひとつ頭がまわらない。
最高裁判事にソニア・ソトマイヨール連邦高裁判事が指名されたことがわかったときも、ぼーっとしていたのだが、その段階を通り越し、断食を終えて普通の生活に戻った今も、ニュースの世界では、ソトマイヨール判事が議会の承認を受けられるか、という問題で盛り上がっている。

そして、ソトマイヨール判事が過去にした
「I would hope that a wise Latina woman with the richness of her experiences would more often than not reach a better conclusion than a white male who hasn't lived that life」
という発言が、人種差別的かという問題が特に大きな火種となっている。

聞いているだけで、もういいじゃん、とげんなりします。
有名なことだけれど、ブロンクスといえば、全米でも有数の治安の悪い場所である。
しかも、数十年さかのぼれば、ヒスパニック系が何か悪さをすると、「プエルトリカン」だと決めつけられた時代があったような場所である。
そんな時代にそんな環境でプエルトリコ系移民の子供として育ち、高裁の判事までのぼりつめた、しかも女性に対して、白人のエスタブリッシュメントのおじさんたちが、「人種差別者だ」と怒っている構図自体に苦笑い。
確かに、「苦労が多い=法的に良い結論を下せる」というのは短絡的だし、憲法という概念からいうと、望ましくない発言なのかもしれない。
でも、現実だもんなー。
自分が犯罪者で、選択肢を与えられたとしたら、私だって絶対プエルトリカン女性の判事のほうを選ぶと思う。

自分は「日本人で女性」というアイデンティティを持っているわけで、それを嫌だと思ったこともないが、アメリカ社会において、「日本人で女性」というアイデンティティよりもスタート地点が先にあるアイデンティティの組み合わせもあれば(白人男性とか)、スタート地点が後ろにあるアイデンティティの組み合わせもあるわけです。
もちろんそれは業界によって変わってくることもある。
たとえばバスケットボール業界やヒップホップの世界のように、黒人のほうが白人よりも生きやすい場所も確実にあるのだけれど、でもやっぱりメインストリームの大半では、たとえば法曹界のように、白人男性のほうがプエルトリカン女性よりも生きやすい場所が圧倒的に多い。
って、いうことには、気がつかないんだろう、議員のおじさんたちは。
これから議会の審議まで延々この話題が続くかと思うと、げんなりである。

ところで、すっごく話が飛が飛ぶのだが、今日、MTVムービー・アワードで、こんな事件があった。


EMINEMの最近の姿を見たくて録画していたのだが、こんな事件が起きて目を見張った。
しかし、このアワード番組は放送禁止用語が多いので、ライブより数秒ずれて放映している。というわけでEMINEMのついている悪態のほとんどは「ピー」という音で遮られてわからない。とっても残念。
新譜のなかで、リンゼイ・ローハンからサラ・ペイリンまで幅広くネタにしているけれど、自分がネタにされてしまったわけである。
そして本気で怒り、黒人のアントラージュに囲まれて帰っていくEMINEM。
普段眠っているミーハーな気持ちが起こされてしまったのでした。

| 時事 | 14:12 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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