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お引っ越しのお知らせ

前々から考えていたブログのお引っ越しをついに敢行しました!
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| たまには日記 | 04:07 | comments(-) | trackbacks:1 | TOP↑

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リトルピープルの逆襲

昨日、家族に電話をしたら、父親に「ブログも更新しなさいよ、みんながツイッター見てるわけじゃないんだから」と言われた。
やっぱりパパさまには、ツイッターはちょっと遠い存在のようです。

ツイッターを始めたことで、すっかりブログの更新の頻度が滞っているのはもちろん偶然ではなく、ツイッターというマスターベーションですっかり自己表現欲が満足させられてしまっているからかと思われます。
そして、ツイッターを始めたことで(というか、TweetDeckというソフトを導入したことで)私の情報の収集方法も劇的に変わったのでありました。

知らない人のために解説すると、TweetDeckというソフトは、ツイッターの情報をモニターに流してくれるアプリケーション。
私がフォローしている人のツイートが流れるたびに電子音がするのだけれど、それがロイター時代に机の上にあった端末の音によく似ている。
そして、ロイターが世界中に抱える記者たちが発信する記事が流れていたのと同じくらいの頻度でその音がするのです。違うのは、情報の発信者がものすごく多様だということ。
要は、TweetDeckのおかげで、わざわざブラウザをひらかなくても、ファイナンシャル・タイムズの見出しも、CNNの速報も、オバマ大統領のメッセージも、ほりえもんのつぶやきも、知り合いの編集者の愚痴も、Snoop Doggy Dogの日常の一コマも、同じ画面にじゃんじゃか流れてくるということです。
ファッションの話題も、金融のニュースも、セレブのスキャンダルも、同じテンションで流れてくる。
ものすごく多様だし、民主的な感じがする。

情報の送り手としては、書きたいことを140字におさめるというチャレンジがあって、これもなかなかにおもしろい。
プロだろうと、プロでなかろうと、ほぼ同じ場所で発言できる、というのも新鮮。
夢中になるポイント、満載な感じである。

が、もちろん危険もあって、やっているうちに、自分の頭のなかの動きが断片的になってしまう。
何かをきちんと推敲する前に発信してしまうこともあって、それはそれで「つぶやき」の醍醐味なんだろうけれど、それは怖いことでもあったりするのです。
先日、クオンタムリープの出井伸之氏とお会いするチャンスがあったときに、ツイッターに夢中です、と言ったら、
「微視(ミクロ)もいいけど巨視(マクロ)を忘れちゃだめだよ」
と言われた。
マクロを忘れかけていたので、ぎくっとなった。

と、余談が長くなったけれど、ここからが本題。
最近、この大きな世界のなかで、インディな方法で何かをやろうとしている仲間たち(リトル・ピープルと呼んでいるのだが)のことをよく考えています。
きっかけは、友人まぎこが作って、私もちょっぴり協力したビデオの手法が、ペプシのCMにぱくられたことである(詳しくはこちら)。
SourというバンドのPVとして作られたこのビデオは、日本でもなかなか好評で賞までとったらしいのだが、間接的に聞いたところによると、それ以来、さんざんいろんなところでぱくられているのだとか。
まあぱくられるということは、それはそれで名誉なことかもしれないが、ペプシのCMを作ったTBWAのように、リソースもお金もたくさんあるようなところが、何もインディからぱくらなくてもいいではないかと思う。

そんなタイミングで、元祖草の根運動家系ビデオ・ジャーナリストであるジョン・アルパートさんに、6年ぶりくらいに取材に行った。
ずいぶんお年ではあるが、今も同じ情熱で戦いを続けているアルパートさんと、テクノロジーの進歩の話になった。
アルパートさんは、テクノロジーが進化して、機材も安くなって、発信する場所も増えたけれど、情報の発信者が多様化されたことで、その分リソースも分散されてしまい、自分のような人間が創作活動を続けるための資金繰りが難しくなってきた、という話をしてくれた。
年もとったし、誰よりも早く現場に駆けつけることも難しくなった、テクノロジーの進歩でできることは増えたけど、昔よりイージーになったとはいえないね、って。
時代が変わったことで、大手テレビ局に買ってもらわなくても作品を発表できるようになったけれど、かといって金銭的な課題は厳然と存在する、ということである。

この問題は、私にとっても死活問題である。
紙の媒体がどんどん売れなくなると同時に、無料で手に入れることができる情報がこれだけ増えた今となっては、自分が「書く」という作業でご飯を食べられていること自体が奇跡的な感じがする。
インターネットの発展とともに、無料で得られる情報の量はどんどん増えた。
しかし既存のメディアやインターネットが登場する前から情報で食べてきた人間からすると、これからどうやってお金を稼いでいけばいいのだろうという課題だけが残ったわけです。

そんなことを悶々と考えているタイミングで、出井氏にお会いした。
そしてここぞとばかりに、そろそろバイトとか考えたほうがいいですかね?と質問をぶつけてみた。
出井さんは、「黙っていても、ネットでの表現行為に値段がつく時代がやってくるから大丈夫だよ」と言ってくれた。
そのときは、かなり懐疑的だった私。
しかし、何日か経ってから、もしかするとiPadがリトルピープルの未来なのではないかという気がしてきた。
インディのミュージシャンたちがアマゾンやiTunesでレーベルを通さずにMP3を売れるようになったのと同じように。
って、これ、私が気がついたのが遅いのかな?
もしかして、みんな気がついてた?
というわけで、久しぶりに、メディアの未来にちょっとだけ光が見えたような気がするのでした。








| メディア | 15:15 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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グラミー賞、Avatar、そしてHurt Locker

長い間、ご無沙汰してしまいました。
新年はやる気あったのにな、どうしたんだろう。
Twitterのせいかな。
全く更新していないのに、みにきてくださるみなさん、ありがとう。
これからはもうちょっとがんばります。

週末、グラミー賞を見た。
この手の賞番組(グラミー、オスカー、エミー)って、なんか見ないといけない、みたいな強迫観念がある。
やっぱり、職業柄、流行っているものは知っていないといけないような気もするし、あとでネットや新聞でみても、いまひとつ何があったのかわからないので、なかば義務感で見ている。
特に今年は、マイケル・ジャクソンのトリビュートもあるしな、という言い訳もあって、たまたま自宅にいたので全部ばっちりみたのである。

結果、めっちゃ脱力した。
女性陣の衣装をとっても、誰が一番注目されるかコンテスト、または誰が一番裸に近いかコンテストみたいなことになっていて美しいと思えないし、だいたい評価されている音楽の意味がほとんどわからないし、あがった瞬間といえば、スティービー・ニックスやスラッシュがでてきた瞬間だけで、自分の年を再認識しちゃったりして、ようは自分がどんどんメインストリームをわからなくなっていることを確認するだけの作業になってしまったのでありました。

そして、今日、アカデミー賞の候補が発表になりましたね。
私は映画をまめに見ているほうだとは決していえないと思うのだが、たまたま本命の「Avatar」は昨日の夜かなり遅れてみにいったし、大穴の「Hurt Locker」は先週DVDでみたところであった。

ちなみに「Avatar」の予告をみたときには、「あほか」と思い、レビューを読んで「宗教くさい」と思い、見なくていいだろ、と一度は思ったが、あまりに周りの人々が「絶対行ったほうがいい」というので、ついに劇場まで行ったわけです。
ほら、見ないであれこれいうの、よくないと思って。

いや、確かによくできてますよね。
3Dも、グラフィックも確かにすごい。
夢中でみたし、2時間半あっというまではあった。
が、既視感はあるし(ラピュタ?)、ストーリー展開もなんか無理がある気がして。
最後の感動させるためのシーンではつい吹き出しそうになってしまい、なんとかぐっとこらえたが、遠くで笑い声が聞こえてほっとするありさまである。

でも何が苦手かといって、あのこれでもかこれでもかと言わんばかりのメッセージ性が苦手。
ジェームス・キャメロンはもちろん彼なりの信念をもってあの映画を作ったのだろうし、なんなら言っていることは正しいのだろうとも思う。
ただメッセージ性が強い映画に、軽くうんざりしはじめたのかもしれない。

ちょっと話は離れるけど、今日地下鉄のホームでハンドバッグの中身をぶちまけてしまった。
すかさず所持品を拾うのを助けてくれたヒスパニックのおじさん。
そして、私たちが電車に乗り込めるように、ドアをおさえてくれている白人のおじさん。
電車に乗り遅れることもなく、ニューヨークって、こういうのがいいのよねー、なんておもいつつ、二人にお礼を言ったら、ヒスパニックのおじさんが「グッド・チームワークだったよね」と言う。
今度は白人のおじさんが「We are The United Nations」という。
はは(苦笑)、とにかくありがと、といって会話を終えようとしたら、
「We are The United Nations」と、またしつこくいうのである。
ついビッチーに
「I heard you the fist time」なんてむっつりいっちゃったけど。
これ、ジェームス・キャメロンに軽く感じてしまう違和感にちょっと似ている。

そして「Hurt Locker」。
こっちも、ちょっとどうなの、その陳腐なセリフは、と突っ込みを入れたくなる場面はちらほらあったものの、全体的にはすごく良かった。
良かったのは、たぶん淡々としているからだと思う。
戦場にいる登場人物を追っているけれど、それについてどう思うかはオーディエンスが決めればいい、みたいな距離感が新鮮だった。
そしてあとになってから、低予算だったこととか、女性が監督(しかもキャメロンの元嫁)だということを知って、ますます感心したわけである。

オスカーの候補リストをみていて、この2作品が、ノミネーションの数でトップを争っていることがなんだか象徴的な気がしました。
(ちなみにグラミーを見ていると、音楽業界の主流でこういう対決が見られること自体がもうなくなってしまったような気がしてむなしい)
そして、アンダードッグである「Hurt Locker」にがんばってほしい。
どれだけ結果は見えていても。












| カルチャー | 15:00 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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米アート業界の「ゲーム・チェンジャー」

昨日、ツイッターにも書いたのだけれど、ダイチ・プロジェクツのギャラリスト、ジェフリー・ダイチ氏が、ロサンゼルス現代美術館のディレクターに就任する、というニュースがアート業界を駆け回った。
一人で家にいたのに、声をあげて騒いでしまった。

アート好きな人ならわかると思うけれど、同じアートを見せる場所とはいえ、ミュージアムとギャラリーでは、起源も運営の仕方も、存在意義も違うわけで、「NYのイケてるギャラリスト代表」みたいな存在だったダイチ氏が、公的資金で運営される美術館のディレクターになる、というのは、大ニュースなのです。

ちなみに、“ニューヨーク・マガジン”の評論家ジェリー・サルツ氏は、ダイチ氏のディレクター就任を「ゲーム・チェンジャー」と書いている。
ロサンゼルス・タイムスの記事は、「Why does the Museum of Contemporary Art’s board of trustees dislike art museums(なぜロサンゼルス現代美術館の役員たちは、美術館を嫌うのか?)」と疑問を投げかけている。
ま、反応を書き連ねるとキリがないのだが、アート系のブログを読んでいても、「それっておかしくない?」とか「利害の衝突じゃん」というような反応が多い気がする。

今日、たまたまギャラリストで音楽もやっている、という友達とご飯を食べた。
そのときに、ダイチの話題はさておき、音楽業界とアート界、ファッション業界で、商業主義が一番汚いのはどこか、という話題になった。
「まあ、どこもそんなに変わらないんじゃないか」というようなことを言っていたら、でもやっぱりアート界は、商業主義だけじゃないと思うんだよねー、と彼女が言った。
でも、ダイチが現代美術館のディレクターになっちゃう世の中なんだよ?
と私が言ったところ、彼女は、
「そうはいっても、お金にならないアートを発表できる場(たとえば売ることのできないインスタレーションとか)もあるし、お金と関係のないところでアートを振興しようと日々努力している公的機関はまだまだあると思うんだよね」。
と、しばらく議論してみたのだが、もちろん結論なんか出るはずもなく、この問題については、もう一度お互い考えて、また後日話し合おう、ということで今日はお開きになった。

というわけで、ダイチ氏が、ミュージアムとアート商売の間にあった境界を超えた今、何がどう変わって行くのかとても気になります。
アートやファッション、プロダクト、デザインといった違う分野の間にあった境界線がどんどん薄くなって久しいし(特にニューヨークみたいな場所に住んでいると、それをひしひし肌で感じる)、それによって良いこともあるし、悪いこともある。
でもやっぱり、変わらないべきものもあると思うのです。
ダイチ氏の就任は、もう決まってしまったことなので今さら誰が何を言ってもしょうがないが、ミュージアムはアートを購入できない一般市民のためにある、というコンセプトが変わらないといいなと思います。

| アート | 12:07 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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あけおめ+オバマまる1年を控えて


あけまして、って遅いか。
遅いですよね。

断食/山ごもりで新年を迎えた去年とうってかわって、ニューヨークでたまった雑事を片付けながら新年迎えちゃうよ、と思っていたのに、年末に風邪をひいてしまい、それでも宴会などに顔を出し続けたのがたたって、年始早々寝込んでしまった。
というわけで、たとえば精算を全部終える、とか、自分プロジェクトの原稿を書き上げる、とか、いらないモノを救世軍の施設に持って行く、とか、やることリストをひきずったまま新年に突入。

昨日くらいからようやく調子はもどってきたものの、気がついたら仕事はじめの波にのまれ、夜になってからこっそり「去年の反省は~」とか「今年の目標は~」とか考えているくらいの遅れっぷりです。
ま、去年は出足が順調だったわりには、とろとろしてしまった部分もあり、出先につまづいたからといって、悪い年になるとはかぎらないのさ、と勝手に思っています。

と話はそれましたが、今年は、私、アメリカ在住15年めになります。
年賀状にも書いたのだが、これだけ長く住んでいる間に、いろんなことが起きて、まあもちろん楽しいこともあれば、イヤなこともあるわけで、でも「もう飽きた」となるには至っていない。
というわけで、今年も独断と偏見に満ちた私の見るアメリカを伝えていきたいと思います。
よろしくお願いします。

で、気がついたらオバマ政権もあとちょっとでまる1年を迎えることになります。
はあああああ。
支持率は下がる一方、っていうと大げさかもしれないけれど、下がっている。
結局アフガニスタンとイラクの「戦争」は続いているし、最近のテロ未遂事件で右派につけ込まれる隙ができてしまった。
選挙のときの大きな争点の一つだった医療改革も、法案成立に向けて折衝がはじまったけれど、今の時点で上下院で通った案を見ても、コストが大きいわりには医薬業界や保険業界に対する規制は大したことないし、オバマが掲げた理想の跡形もないようなものになってしまっているのです(あ、これ、もちろん、私見ですけど)。
議会がアホだから、と言ってしまえばそれまでだが、オバマに投票した有権者を遠ざけているうえに、大きな政府に反対するいわゆる「ティー・パーティー・ムーブメント」がどんどん追い風にのっちゃっているのである。
(ちなみにNYタイムズのデビッド・ブルックスも今日、これを話題にしていた
はあ、先行きくらい感じ。

先日、仲よしのアメリカ人男性と議論になった。
彼は、白人のインテリであるが「かぎりなくオバマの思想に近い」と自他ともに認めるタイプである。
医療改革は「大成果だ」というから、「いやいや、そうはいえないでしょ」と言ったら、まあ議論になったわけである。
私が「みんなをハッピーにしようとするあまり理想とかけ離れた」と思っていることを、彼は「理想を貫いて何も達成できないよりはよっぽどいい」と思っている。
ま、ようは考え方の違いである。
「僕は、オバマと一緒で現実主義者だからね」
というのを聞いて、まさにその現実主義がオバマの悲劇ではないか、と思ったのでした。
頭はいいし、プラグマティストだから、「できるところから方式」でせめていくのだが、あっちを立て、こっちを立てるうちに、理想からどんどんかけ離れていくのである。
「君の言ってることはわかるけど、そんなやり方だったら、法案なんか成立しないよ」と友人は言ったけれど、私は、あれだけの支持を得て選挙に勝ったんだから、ブルドーザー方式でも良かったのに、って思ってしまう。
(ちなみにこの議論は、そのあと延々続き、「君のいってることはラディカルすぎて、ニューヨークのようなところに住んでる人間のいうことじゃないよ」→「じゃあ、システムに反対するためには洞穴にでも住めばいいっていうの?」と一瞬感情的な展開を見せたが、最後には、ああ、おもしろかったねと落ち着いたのでした。)

アル・ゴアやジョン・ケリーが選挙に負けたときもそうだったのだが、政治って、あれ?って思っている間に風向きが急にかわったりする。
おいおい、と思っているうちにどんどん手遅れになっていくのである。
今、まさにそんな空気感が漂っている気がする。
そして、任期が残り3年といっても、また選挙が近づくと何も進まなくなるわけなので、早くなんとかしないと手遅れになるよ、と思う。
理想主義っていうと、夢ばっかりみて現実を見ないというように聞こえるけれど、夢を売って当選したんだからな、責任もってくれよ、と思うのである。







| たまには日記 | 09:05 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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クリスマス狂想曲

クリスマスのニューヨークは、金曜日だったこともあり、とてもとても静かでした。
今年は、仕事がたまっていることもあり、ニューヨークにいることを選んだのだけれど、23日くらいから、ファッション関係やアート関係の人が軒並み休みに入ってしまい、何も動かなくなった。
多くの会社が1月の第一週まで休むらしい。
景気が良かったときは、みんな31日まで稼働していたのに。
困ったもんです。

話はずれますが、感謝祭が終わったあたりから、日本人シングル女性の友達から「イブに予定がない」というため息まじりのコメントを何度も聞いた。
みんな、仕事も家事もできる素敵な人たちばかりなのに、なぜ、クリスマスに予定がないということに、暗くなってしまうんだろう??

一方、アメリカ人の女友達は、わりとさばさばしていて、家族に会いに行く、旅行に行く、という人が多い。
アメリカ人ではないけれど、うちのビルに出入りしているメキシコ人女性のLに、「クリスマスイブ、どうすんの?」と聞いてみたところ、
「何もしない」という返事が返ってきた。
敬虔なキリスト教信者なはずなので、
「ミサにも行かないの?」
と聞くと、
「クリスマスのミサは混むし、車を呼ぶのも大変だし、そこまで無理して行かなきゃいけないもんじゃないと思う」
と現実的。
彼氏とも会わないで、家でゆっくりする、という。
このくらい現実的だと気持ちがいい。

現実的といえば、クリスマスには、たとえばドアマンとか、郵便局の配達の人にチップを渡すのが習慣になっている。
そしてクリスマスの1ヶ月前くらいから、新聞や郵便箱にチップを催促するかのようなクリスマスカードが入ってきたりするのである。
まあ感謝の気持ちを現す習慣ということなので、大金である必要はないが、人数が多いとばかにならない。
渡さないと、新聞がこなくなったりして、などと思ってしまうので、私の友人にはこの習慣を、「クリスマスのゆすり」と呼んでいる人もいる。

と考えていたら、クリスマスってなー、とちょっぴりげんなり。
言うまでもなく、クリスマスはイエスキリストが生まれたとされる日で、激しい商業主義の副産物として、プレゼントを交換したり、大切な人とご飯を食べたりする日ってことにはなっているが、「みんなが参加しないといけません」というムードがちょっとイヤなのです。
いや、もちろん宴会も好きだし、プレゼントも好きなんだけど、さ。

というわけで、クリスマスに一人でいることがダメだ、と思ってしまうのは、やっぱり一種の洗脳かと思う。
そもそも日本のイベントじゃないし。
というわけで、終わってせいせい。
私としては大晦日のほうが楽しみである。


| たまには日記 | 07:08 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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タイガー・ウッズ・ヒステリア

私は、ニューヨーク・タイムズとニューヨーク・デイリーニュースを宅配してもらっているのだが、タイガー・ウッズが事故を起こした感謝祭の日以来、デイリーニュースの一面はいまだにタイガー。
3週間以上経ってるのにねえ。
まあ、くる日もくる日も、新たな女の人が登場して、ネタのつきないこと。
そんなわけで、毎朝、ほっといてやれよ、とつぶやいています。

あれだけゴルフが強いわけだから、まあ、女の趣味が意外にチープだったということはあるにしても、いいじゃんね~、女遊びくらい、と思う。
もちろん、奥様は怒る理由はあったとしても。
私がタイガーでもきっと女遊びしたと思うし。
それにしても、勝者の代名詞だった男が、こんな苦境においこまれているのを見ると、人の運命ってほんとにわからないと思う。

ところで、最近、政治家の女性スキャンダルにしても、タイガーにしても、浮気がばれる原因として多いのは、テキストメッセージ。
日本でいうところのショートメッセージだけど、アメリカでは、電話会社が違う人ともやりとりできるし、用件を簡単に伝えあうことができるので、最近はものすごく重宝されている。
SMS送受信回数の平均は3ヶ月で584件だというデータが、ニューヨークタイムズに出ていた。
クリス・ブラウンがリアーナをぼこぼこにした事件も発端はテキストメッセージだったし、テキストメッセージが原因の車の事故も増えているし、便利なだけでもないらしい。

ちょっと話はそれますが、ときどき女子と話していて、パートナーの行動をチェックするために、携帯電話をこっそり見たりしている人が多いのにびっくりすることがある。
気持ちはわかるけど、見てもいいことなんて絶対ないのになと思ってしまう。

話を戻すと、今回のタイガー騒ぎ、外から見るとどう見えるんだろう?
タイガーを広告からはずした会社はすべてアメリカ系だし、タイガーをはずしませんと言っている会社はすべてヨーロッパ系。
男の浮気に対する社会の寛容度を示唆しているみたいですね。

かといって、アメリカが男の浮気に不寛容かというと、そう一概には言えないのかもしれない。
ニューヨークの元市長であるジュリアーニなんて、まだ離婚が成立する前から、ガールフレンドを連れ歩いていたし、コールガールを買ってたことがばれて辞任したスピッツァー元知事も、最近はテレビのインタビューなんかに出ているし、問題のコールガールなんて、コラムなんか書き始めちゃったりして。
そんなわけで、早くこの騒ぎがおさまればいいのにと願います。
誰かタイガーに、嵐はいつか去るよと教えてあげてください。

| 有名人/セレブ | 06:03 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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Gone Too Far

そもそもテレビ番組をマメに見たりするのは苦手なのですが、最近、ちょっとはまっていた番組があります。
MTVの「Gone Too Far」。
8月にオーバードーズで亡くなったDJ AMが、ドラッグ中毒の若者が、ドラッグを断ち切ろうとするのを助ける、というドキュメンタリーである。

この番組に登場する子たちの中毒は相当深刻で、たとえばいわゆる違法ドラッグと処方箋ドラッグを併用していたり、家族からお金を盗んだり、子供の面倒を見ている最中にきまってしまったり、まあとにかく見ていて壮絶な感じである。
そこへ家族に助けを求められたDJ AMがやってきて、インターベンション(介入)を経て、彼らをリハビリに連れて行く。
そのまま話がすんなり進むことはあまりなくて、リハビリを抜け出そうとしたり、黙って帰宅して、ドラッグを買いにいってしまう子がいたりする。
リハビリを強制することはもちろんできないので、そういうことが起きると、DJ AMはがっかりしたり、怒ったりするんだけど、見ているだけでものすごく辛そうな感じなのである。
疲れているときに見たりすると、さらに疲れちゃったりして。

DJ AMが死んでしまったのは、この番組の撮影がまだ進行している最中だった。
しかも、DJ AMといえば、元中毒者の模範生、というイメージが強かったので、私は別に彼のことを好きだったというわけじゃないのだが、それでもやっぱりびっくりした。
そして、MTVがこの番組を放映すると決めたときは、ちょっとした騒ぎになった。

私が知っている人のなかにも、「元中毒者」という人が何人かいて、そのなかに、10年以上ヘロイン中毒だったというRという人がいる。
彼はその過去をものすごくオープンにしていて、私も知り合ってかなり早い段階で「オレ、元ヘロイン中毒なんだ」と打ち明けられた。
そして、リハビリでヘロインをやめてからもう10年以上経った今も、週に1度は必ず『AAミーティング』という元中毒者のための会合に出席するし、お酒もタバコもいっさい口にしない。
たまにパーティやイベントでRと出くわすと、コーラを飲んでいるので、お酒を飲んでいる自分が申し訳なくなったりするのだが、そういう彼を見ていると、ドラッグを断ち切るプロセスは、一生続くのだなと思ってしまう。

最近、別の昔の友達Jが施設に入ったと聞いた。
彼は何年か前にニューヨークを出て行ってしまったので、最近あまり連絡をとっていなかったのだけれど、何年か前に出張で近くにいったときにご飯を食べたら、あまりにやせ細っていてびっくりしたことがあった。
彼の場合はドラッグ中毒ではなくて、問題は摂食障害だったのだけれど、あまりにも事態が深刻になったため、ドラッグ中毒の家族がやるように、友達がインターベンションを決行し、リハビリにつれていった。
今は着実に回復しているというのだけれど、彼も、やっぱり『AAミーティング』に通っていると聞いて、ちょっと驚いた。
『AAミーティング』は、摂食障害にも役に立つらしいのです。

こういう話を聞いていると、ドラッグ問題に一番必要なのは、こういうサポートシステムの構築なのかなという気がします。
違法ドラッグというと、それだけで顔をしかめる人がいるけれど、一度中毒に陥ってしまった人の苦しみにはなかなかスポットがあたらない。
「Gone Too Far」を見ると、気がめいったりもするのだけれど、こういう番組をつくることにはやっぱり意義があるという気がするし、「ドラッグ反対!」と単純に思っている人にぜひみてほしい気がする。
日本では見られないのかな、と思ってYouTubeで検索してみたけれど、やっぱり見つからない。
残念。


(追記)『AAミーティング』ってなに?という質問を受けたので、付け足し。
AAは、Alcoholics Anonymousの略で、アルコール中毒者がお互いをサポートするために発足した会合のこと。
詳しくは、英語ですが、ここにでています。
映画「ファイトクラブ」にも登場しましたね。





| メディア | 11:03 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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フランソワ・ジローさんにインタビューしちゃいました

ご無沙汰しました。
久しぶりに、怒濤の日々だったのです。
忙しくなると、ブログや自分プロジェクトがおろそかになってしまうのは私の悪い癖。
もうちょっとバランスよくやりたいもんです。

さて。
東京からやってきたスタイリストの祐真朋樹さんとPopyeのエディターさんが無事に帰国され、普段の生活がまた始まりました。
おとといは久しぶりにテンションが上がるインタビューであった。
相手は、ピカソと結婚していたフランソワ・ジローさん、88歳。
めっちゃチャーミングな素敵な人でありました。
写真は、Hisham Bharoochaが撮ってくれました。

今も創作を続けているばりばり現役の彼女に、
「ご自分のどんな資質が、こんな人生を与えてくれたと思いますか?」
と聞いてみた。

そしたら
「私は一人っ子として育ったから、一人でいても平気なの。
一人でいても楽しめるし、一人でいるのが結構好きなのよ
だから愛情に飢えた感じ(needy)がしないんじゃないかしら?
だから人が寄ってくるのよね」
という答えが返ってきた。

一人でいるのが平気、というのは女性としてはものすごい強みである。
一人の時間が楽しめる、というのもそうだし、シングルでも大丈夫、というのもそうだと思う。
確かに私の周りのモテる女子は、一人を楽しめる、という条件をクリアしているような気がします。

ちなみに自分は、一人を楽しいと思うときもあるが、誰かと遊んだほうがいいのかなってそわそわしちゃうときもある。
が、一人の時間はけっこう貴重。
特に、宴会シーズンはね。

ちなみにこのインタビューは、Vogueに出る予定。
お楽しみに。

| アート | 06:50 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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三谷幸喜さんのNY公演について考える

ちょっと前のことになるけれど、私の周りの在ニューヨーク日本人が何人も、三谷幸喜さんの舞台「Talk Like Singing」を見に行っていた。
最初に断っておくと、私はこれ、見てません。
余裕がなかったこともあるし、その前の週あたりから、空席が目立つと困るので、行く人いませんか?というようなメールがいろんな方面から転送されてきて、行く気がうせてしまった、ということもある。

そして、見に行った人たちの評価は、あんまり高くなかった。
厳しいところでは、「学芸会か」というようなものもあったし、わりと好意的なものでも、「おもしろかったけれど、アメリカ人には伝わらないと思う」という感じだった。

私は見ていないので、内容について、あれこれいう資格はありません。
(ちなみに、すごく丁寧に書いている人がいて、これをお友達が転送してくれた。

日本のマスコミは、大々的に、かつ「快挙」とか「成功」とか、ポジティブな言葉をつかってとりあげていたけれど、地元メディアのカバレッジはほとんどなし。
上のブログにも書いてあるけど、NYポストが、とても厳しいレビューをのせたくらい。

これについてあれこれ読んでいるうちに、なんだかとてもがっかりした。

日本からニューヨークにやってきて、やっぱり日本の文化ってすごいと思うこと、多い。
ファッションにしても、文学にしても、アートにしても、世界の舞台にのせて、きちんと勝負できるものってたくさんあるんです。

そうはいっても、ニューヨークは世界中からやってきた人が、ベストのものを見る場所でもある。
たとえば、ミュージカルや舞台だったら、田舎の小さな劇場からはじめて、観客の反応をみながら、脚本や演技に磨きをかけつつ、長い時間をかけて、ブロードウェイを目指したりするわけです。

今回のケースでいえば、短い公演のために、日本からキャストやスタッフを送り込んで、きっとたくさんの資金を投入して、ニューヨークにもってきたのだろうと思う。
そして、日本を代表する才能ってことになっている三谷さんをつれてきた。
でも、だったらなおさら、もうちょっと別のやり方があるんじゃないかと思う。

こちらにきて10年以上の間に、日本からやってきたいろんなアートや音楽、それにショップやレストランが、ニューヨークに進出するのをみてきたのだけれど、実力があって、きちんとニューヨークに対して勝負しようとしたものは、正当な評価をうけるもんだなと思ってきた。
一方、お金で買うようなやり方は、やっぱりうまくいかないし、うまくいかなくて撤退する日本ビジネスもたくさん見てきた。

なんかものすごくもったないことが起きたような気がする。
そして、マスコミについていえば、厳しくしないことだけが愛情じゃないと思う。

というわけで、今回のことは、舞台を見てないなりに、いろいろ考えさせられたのでした。
こんなこと書くと、「見てないのに言うな」と怒られそうだけど。

| 不思議の国ニッポン | 07:19 | comments(-) | trackbacks:0 | TOP↑

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